昨年9月、音楽系ウェブサイト“uDiscoverJP”に「史上最高のジャズ・ヴォーカリスト50人」なるランキング記事が掲載された。そのナンバー・ワンに輝いた歌い手こそエラ・フィッツジェラルドである。
執筆にあたった英国の音楽評論家、チャールズ・ウェアリングは「一点の混じりけもない絹のような歌声、非の打ち所のないディクション、管楽器奏者にも比せられる比類なきスキャット・・・彼女はジャズ歌唱における黄金の基準を打ち立てた」と賞賛している。筆者はここに「少女の頃から円熟の極みに至るまでの長期間コンスタントに活動し、様々なジャズ・ヴォーカルの局面を示してくれたこと」、「小編成からオーケストラの伴奏まで多彩なセッティングで、ありとあらゆるスタンダード・ナンバーを届けてくれたこと」も加えたい。第2位にランクインしたフランク・シナトラは小編成バンドとのセッションをほとんど行なわなかったし(海外ツアーは別として)、第3位に選ばれたナット・キング・コールはあまりにも早く病没してしまった。しかもエラにはその才能を最大限に敬う辣腕プロデューサー/プロモーター、“稀代のジャズ・インプレッサリオ”ことノーマン・グランツがいた。
エラより1歳下、1918年生まれのグランツは少年の頃から熱狂的なジャズ好きで、なかでもミュージシャンたちがそれぞれの専属バンドを離れて深夜のジャズ・クラブ等で非公式に演奏するジャム・セッションに魅入られていた。こんな素晴らしいものが一部の宵っ張りの間だけで知られているのはもったいない、公開制にしたらジャズ・ファンは大喜びするはずだ。いささか乱雑にまとめると、そんな経緯で1944年に“ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック”(JATP)と題する画期的なジャム・セッション・コンサートを始めた。当時のグランツはまだまだ駆け出し、いっぽうエラは約10年のキャリアを持つ人気シンガーで大手事務所「モー・ゲイル・カンパニー」の所属。が、グランツは着実に実績を重ね、ついに49年、エラをJATPコンサートに迎えることに成功する。さらに54年には前記事務所への説得が実り、無事エラをJATPプロダクションに移籍。ここに十年来の願いであった“マネージャーになること”が叶った。あとはレコードをプロデュースするチャンスを得るだけだ。その機会は翌55年に訪れた。エラが約20年続いたデッカ・レーベルとの契約を解消したのである。
グランツは当時、クレフ、ノーグラン、ダウンホームというレーベルを率いていた。が、彼はエラの新作をそれらから出すつもりはなかった。これからさらなるニュー・ステップを踏みだそうとする女王にふさわしいのは、まっさらな新会社だ。56年、今日も活動を続ける大レーベル“ヴァーヴ”(気迫、熱情といった意味)が産声をあげた。その間、ジャズ音源のリリース形態は78回転のSP盤から33回転の10インチ(25㎝)LP、そして12インチ(30㎝)LPと変遷していた。グランツはエラを第一に56年当時の最新メディアである12インチ・アルバムのアーティストとして売り出す。オーケストラをバックにした珠玉のようなスタンダード・ナンバー、熱狂的なライヴ・パフォーマンス、名手たちが集まった小編成バンドとの交歓セッションなどが、次々と洒落たジャケット・デザインのLPに刻まれた。
そしてこの2020年10月、エラがヴァーヴに残した膨大な宝の一部に新たな光が当たる。2日には、1962年に開催されたドイツ・ベルリン・ライヴの記録『エラ~ザ・ロスト・ベルリン・テープ』(ベルリンの壁ができてから、初の公演)が奇跡の世界初公開、さらに7日には定評ある作品群が「エラ・フィッツジェラルドVerve名盤 セレクション 10W」というシリーズ名のもと、UHQ-CDとして市場に並ぶのだ。脂が乗りきっているとしかいいようがないエラの歌声、卓越したグランツの企画実行力、誇張臭のないモノラル末期〜ステレオ初期の素直な録音が一体となった、まさしく黄金時代の精髄だ。
ライヴならではの興奮という点では、前述『ザ・ロスト・ベルリン・テープ』と、その前年のベルリン・ライヴを収めた『エラ・リターンズ・イン・ベルリン』をまず押さえていただけると幸いだ。エラのライヴは、基本的に間奏がない。これは彼女(とグランツ)の意向らしいが、とにかく、イントロが終わるとエンディングまで歌いっぱなし、一瞬も耳をそらせない。1コーラス目はメロディをほぼストレートに歌い、2コーラス目から旋律を自己流に崩し、ときにスキャットも交え、と、まさしくジャズ・シンギングの正道を満喫できる。62年録音では当時盛り上がっていたツイスト・ブームを意識した展開もあり、そのあたりも実に生々しい。
アレンジャーとのコラボレーションという点では、グラミー賞にも輝いた62年作品『エラ・スウィングス・ブライトリー・ウィズ・ネルソン』が感動的だ。パートナーに選ばれたネルソン・リドルは、フランク・シナトラとも数々の伝説的名演を残した歌伴の魔術師。ストリングスやホーン・セクションを巧みに駆使しながら、艶やかなエラのヴォーカルをあの手この手でインスパイアする。冒頭「ホエン・ユア・ラヴァー・ハズ・ゴーン」における楽器群のトリートメントに接して心躍らないシナトラ・ファン、エラ・ファンはいないはずだ。
大物パフォーマーどうしの共演という点では、ルイ・アームストロングとの『ポーギーとベス』、『エラ・アンド・ルイ・アゲイン』(ともに57年)をあげたい。エラもルイも子宝とは縁遠かったようだが、大きく言えばジャズのとりこになった者は聴き手も演奏者も、全員ふたりの子どものようなもの。偉大なるエラ&ルイのやさしさとぬくもりを感じながら、ジャズ・ピープルに生まれた幸せをかみしめつつ聴くのも一興だろう。
7デケイドにわたって現役活動を続けた“ザ・ファースト・レディ・オブ・ソング”、エラ・フィッツジェラルドの魅力は尽きることがない。今後も発掘や復刻が進み、黄金の歌声に一層のスポットライトが当たることを心から願う。
■リリース詳細
エラ・フィッツジェラルド 『エラ ~ザ・ロスト・ベルリン・テープ』
UCCV-1182(SHM-CD)
¥2,860(税込)
01. チーク・トゥ・チーク / Cheek To Cheek
02. マイ・カインド・オブ・ボーイ / My Kind Of Boy
03. クライ・ミー・ア・リヴァー / Cry Me A River
04. アイ・ウォント・ダンス / I Won’t Dance
05. サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー / Someone To Watch Over Me
06. ジャージー・バウンス/ Jersey Bounce
07. エンジェル・アイズ / Angel Eyes
08. クラップ・ハンズ・ヒア・カムズ・チャ-リー / Clap Hands, Here Comes Charlie
09. 恋のチャンス / Taking A Chance On Love
10. セ・マニフィーク / C’est Magnifique
11. グッド・モーニング・ハートエイク / Good Morning Heartache
12. ハレルヤ・アイ・ラヴ・ヒム・ソー / Hallelujah, I Love Him So
13. ハレルヤ・アイ・ラヴ・ヒム・ソー(リプライズ) / Hallelujah, I Love Him So (Reprise)
14. サマータイム/ Summertime
15. ミスター・パガニーニ / Mr. Paganini
16. マック・ザ・ナイフ / Mack The Knife
17. ウィー・ベイビー・ブルース / Wee Baby Blues
パーソネル:
エラ・フィッツジェラルド(Vo)、ポール・スミス(P)、ウィルフレッド・ミドルブルックス(B)、スタン・リーヴィー(Ds)
《1962年3月 ベルリン・スポーツ宮殿にて録音。》
Header image: Ella Fitzgerald. Photo courtesy of Verve Records.