サラマ・ジョイは昨年メジャーに移籍して、堂々の王道ジャズ・ヴォーカル作『リンガー・アワイル』をリリース。すると、今年2月発表のグラミー賞で全ジャンルを対象とする最優秀新人部門で見事ウィナーに輝いてしまった。竹を割ったような純ジャズの担い手がコマーシャル性にあふれたポップ勢を蹴散らす。これは、愉快千万ではないか。

そんな快挙を成し遂げた彼女は当然のことながら多忙、仕事でシカゴに滞在する彼女に10月末にzoom取材をした。蛇足となるが、PC画面の先に映る彼女はとても寛いでいる感じがあり、年相応のフランクさと年齢を超えた風格の両方を感じさせてくれた。

――11月から欧州ツアーが始まりますよね。そして、12月にはアメリカを回りますし、やはり忙しいですね。

「それだけ自分に機会があることがうれしいです」

――米国ツアーはクリスマス・アルバムとなる新作『A Joyful Holiday』をフォローするような内容になるのでしょうか。

「はい。家族も同行し、そのクリスマス・アルバムに収録された家族でやっている曲も披露します」

――クリスマス・アルバム出すことができる音楽家は、アメリカではものすごくエスタブリッシュされた人であるという認識をぼくは持っています。あなたはグラミーの新人賞を見事獲得しているので、当然その資格をお持ちですが。

「確かにそうなんですが、今回の『A Joyful Holiday』はEPで6曲入りです。自分としては、私が考えるクリスマス・アルバムのイントロダクション的なものだと考えていますね」

――クリスマス・アルバムにはかなり思い入れがあるようにお見受けします。お気に入りのクリスマス・アルバムはあったりしますか。

「エラ(・フィッツジェラルド)のクリスマス・アルバムと、デューク・エリントンが「くるみ割り人形」などを取り上げた『Three Suites』。あとゴスペルも好きなので、ザ・クラーク・シスターズのクリスマス・アルバムですね」

――今回のEPは静謐で満たされた情緒を持つ内容で、これを聞くとクリスマスに関してあなたはかなりいい思い出をお持ちなんじゃないかと感じました。

「クリスマスには、すごく素敵な思い出がいっぱいあります。家族と一緒に過ごしてディナーを食べて、お父さんが子供たちのプレゼントをわざと違う箱のものに入れ替え私たちを驚かせたり(笑)。いろいろと楽しい思い出があります」

――ゴスペルの音楽家系に育っていますが、兄弟は何人いらっしゃるんですか?

「弟が1人で兄が2人、姉も1人います」

――他の兄弟の方たちは音楽の道に進んでいるのでしょうか? だって、あなたの歌唱を聞いたらみんなスターになりそうと思いますから。

「兄2人はプロデュースをしたりしています。どちらかというと、父や父の兄弟が音楽をしていますね。父はシンガーでありベーシストで、祖父も93歳でまだ歌っています。ですから、できたら今回の米国ツアーには祖父にも参加してもらいたいと思っています。そして、弟もツアーに来ます。最初は写真やヴィデオ担当で来ると思ったら、本人が歌いたがっているので、歌ってもらおうかと思っています」

――多くの人がクリスマス・アルバムを出しているなか、『A Joyful Holiday』を発表するにあたり、一番どんな内容にし、どういう情感を聞き手に与えられたらいいなと考えたのでしょう。

  「私が体験してきたクリスマスとは家族と一緒に過ごす楽しい時間であり、家族と歌ったりすることなんです。今作には父とのデュエット曲もありますが、私が抱くクリスマスのインティメイトな特別な思いを皆さんにシェアしてもらい、聞く方も新しい思い出を作ってくれればいいなと思いました」

――「The Christmas Song」でデュエット役を務めるアントニオ・マクレンドンさんは、お父さんなんですか。

「はい、そうです」

――では、マクレンドンっていうのがあなたのファミリー・ネームなんですね。

「そうです」

――マクレンドン・ファミリーがフィーチャーされている曲「O Holy Night」も収められていますが、それは家族で歌っているんですね。

「はい、その通りです」

――世にはいろんなクリスマス・ソングがあると思うんですが、選曲は苦労したのでしょうか?

「実際、いい曲がありすぎるので選ぶのは難しいです。ですから、今回はあえてEPという形に沿って少なめに曲を選んでおき、ツアーに出たときにはさらにそこにいろいろ加えたいと思います」

――クリスマス・ソングには通常のスタンダードとはまた違う雰囲気があったりもします。そこで今回、多少は歌い方を変えたりもしたのでしょうか。

「もしかするとそのメッセージをより強く打ち出すために、抑え気味に歌った曲はあるかもしれません。でも、どの曲も自分のものとして思うまま歌っていると思います。そうそうすることが、やはりリスナーと一番繋がれる方法ですので」

――また、昨年のグラミー新人賞受賞作『リンガー・アワイル』から未発表曲と別アレンジ、最新シングル「タイト」を収録した『リンガー・アワイル・ロンガー [ジャパン・スペシャル・エディション]』もリリースされます。それについてもお尋ねします。そこには『リンガー・アワイル』レコーディングの際に録りながら収められなかった曲やジェラルド・クレイトン(ピアノ)とのデュオ曲も3つ収められています。ジェラルド・クレイトンとの曲も、『リンガー・アワイル』のオリジナル・レコーディング時に録っていたのでしょうか。

「ジェラルドとのものは、後に録ったものですね」

――ピアノとのデュエットって、好きですか? だって、『A Joyful Holiday』にもピアニストのサリヴァン・フォートナーとのデュオ曲が1つ入っていますし。

「はい、もう大好きなんです」

――自分でもピアノを弾くのでしょうか?

「うまくはないですが、曲を聞き取るためのピアノぐらいは弾けます」

――それから、『リンガー・アワイル・ロンガー [ジャパン・スペシャル・エディション]』に入っていたライヴ曲にもぼくは驚いてしまいました。なぜなら、あなたはベティ・カーターの曲「タイト」を歌っているからなんです。ベティ・カーターには進歩的なジャズ・シンガーという印象を持ちます。その点、あなたの正統な表現にはもう少し王道のエラやとサラ(・ヴォーン)といったシンガーを思い浮かべてしまいますから。でも、あの曲でベティ・カーターのこともあなたは愛好しているんだと、うれしい発見も得ました。

「エラやサラから入りいろんな人たちから影響を受け、その後ベティ・カーターやアビー・リンカーンのような人たちも好きになっていくというのは自分のなかでは自然な流れですね。それを今回示すことができたのはとてもよかったと思います」

――ぼくはベティ・カーターに影響を受けた人というと、カサンドラ・ウイルソンをまず思い浮かべたりするんです。彼女みたいなシンガーはどういうふうに思っていますか。

「正直言うとカサンドラはあまり聞いていないんです。でも、きっと素晴らしいだろうし、もう少し聞いてみようかな。そう思わせてくれてありがとうございます」

――サリヴァン・フォートナーはセシル・マクロリン・サルヴァントとデュオで結構やったりしています。セシル・マクロリン・サルヴァントは好きですか。

「大好き。彼女の曲の解釈の仕方は大好きです」

――ところで、この4月にプロモーションで来日した際のショウケースを見て、もう驚くとともに多大な感興を得ました。往年のジャズ・ヴォーカルのカタチを今堂々と披露している様に触れて、良い意味で非現実的な気持ちも得てしまいました。とにかく、本物の凄さをいろんな意味でぼくは実感しました。

「ありがとうございます。やはり歌うことが一番私が自然になれる最高の手段ですから、そういうふうに感じてもらってうれしいです」

――そして、これほどまでに本物だと感じさせる人がまだ24歳というのも驚異的です。これがもっと経験積んだとき、どうなるのかと思ってしまいます。

「自分としても、このところ数倍の時間を生きてきたような思いと経験を得たと感じています。それについては、純粋に興奮していますね。今後は映画とかでも歌ってみたいし、いろんなミュージシャン、いろんなアンサンブル、いろんなプロジェクトで歌いたいと望んでいます」

――役者もしてみたいと思ったりしますか。

「いいえ。演技はできないですよ。でも、サウンドトラックで歌うのはしたいです」

――まずあなたの周りにあったのはゴスペルでしたが、どういうきっかけでジャズに入れ込むようになったのでしょう。

「確かに当初ジャズは聞いておらず、ずっとゴスペルに親しんでいました。でも、16歳のときに高校の先生を介してジャズを知りました。そして、本格的にやるようになったのは大学に入ってからです」

――ジャズのどういうところが一番魅力的だと感じましたか。

「様々なジャズ・シンガーたちに私は魅かれました。歌い方がエレガントで洗練されている一方パワフルであるという、その技巧がこの世のものとは思えないぐらいに素晴らしいと思ったんです」

――あなたがホイットニー・ヒューストンやビヨンセたちの真似をしている投稿映像を見たことがあるんですけど、結構R&Bも聞いてきているのでしょうか?

「そりゃ、聞いていましたよ。R&Bとかモータウンとか、もちろんゴスペルも」

――なるほど。でもやっぱりジャズ・シンガーになったというのは、それだけジャズが魅力的な存在だったということですよね。

「最初ジャズを好きになったときはジャズ一筋ではなく、いろんなものを聞いていました。私には先達のようなオーセンティックなジャズは歌えないんじゃないかと悩んでしまったことも、実はありました。でも、今になってみれば、いろんなジャンルに私が接してきたからこそ、自分らしさや自分の声を獲得できたと思っています」

――ジャズと言っても今幅が広く、いろんなことをやる人がいます。先ほど名前を出したカサンドラ・ウィルソンなんかは結構コンテンポラリーなことをやったりもします。そうしたなかあなたカサンドラ・ウィルソン・ヴォーカルをなぜこんなにもピュアにできているんだろうと感激してしまうわけです。そこでお聞きしたいのですが、あなたはやはりジャズを歌うのだったら、純にストレイト・アヘッドなものをやりたいという気持ちが強いのでしょうか。

「今まで自分が聴いてきたものが、そうだったからですね。たとえばベニー・ゴルソンとか、フレディ・ハーバードとかジョー・ヘンダーソンとか。彼らは真実のジャズをやっているじゃないですか。だから私も今、そういうことをやりたいと思います。でも、これからまた違うものを聞いて異なる影響を受けていくと、私の表現も変わってくると思いますね」

――では、今自分のバンドに誰でも入れられるとしたら誰を入れたいですか?

「うーん……、ハービー・ハンコック」

――ところで、グラミーの新人賞を獲得したことであなたに対する注目度が増し、王道のジャズ・ヴォーカル、さらには豊穣なスタンダードに眼を向ける若い人が出てきていると思います。そういう状況は、やはりあなたとしては望むところですよね。

「はい。自分が歌っていることで、若い人たちがジャズを好きになってくれるのなら、すごくうれしいことですね。だけど、それを私の目標に据えてしまったら、なんか自分が楽しめなくなってしまうので、それを第一義とは考えません。私が自然に成長していくなかで、私と同世代の人たちも一緒に成長していってくれればいいなと思います」

――素晴らしい答えだと思います。最後の質問になりますが、4月に来日した際に印象に残っていることはありますか。

「お酒と寿司です」

――ぜひ、来年もまた日本に来てほしいです。

「はい。そのときもまた、お酒と寿司ね(笑)」


【リリース情報】
サマラ・ジョイ
AL『リンガー・アワイル・ロンガー・ジャパン・スペシャル・エディション』
2023年11月1日(水)発売
SHM-CD:UCCV-1198  ¥2,860(税込)

01.  キャント・ゲット・アウト・オブ・ディス・ムード (デュオ・ヴァージョン)
02.  ゲス・フー・アイ・ソウ・トゥデイ (ニュー・トリオ・ヴァージョン)
03.  スィート・パンプキン (デュオ・ヴァージョン)
04.  アイ・ミス・ユー・ソー
05.  アイム・ゴナ・ロック・マイ・ハート
06.  サムタイムス・トゥデイ・シームズ・ライク・イェスタデイ
07.  アイム・アフレイド
08.  ゲス・フー・アイ・ソウ・トゥデイ (デュオ・ヴァージョン)
09.  タイト ※ボーナス・トラック


Header image: Samara Joy. Photo: Ambe J Williams.