「自分には二つのルーツがあって本当にラッキーだと思う」と話しながら、リアナ・フローレスはシャイな笑顔を浮かべた。Zoomの画面越しに映る彼女の部屋、そこに飾られたイラストや写真、本や草花からも人柄が伝わってくる。イギリス人の父とブラジル人の母のあいだに生まれた彼女は、英国のカントリーサイドであるノーフォークで空想を広げながら、静けさを愛する感性を育んできた。
「幼少期はひとりで過ごすことが多く、内向きになりがちで、詩が好きだった。田舎町で育ったから自然界にも興味があったし、性格的には……少しエキセントリック(笑)。たまに、ちょっぴり現代社会を軽蔑しちゃうっていうか。あとはとにかく音楽のことばっかり考えていた。正直、自分は音楽オタクだと思う。特にフォークとボサノヴァに関してはね」
音楽オタクぶりは、Spotifyで公開されている自作プレイリスト(アカウント名は「liliana✿」)からも一目瞭然だ。例えば「july 24」と名付けられた本稿執筆時点の最新版では、ビル・エヴァンスの伴奏と絡むモニカ・ゼタールンドのアンニュイな歌唱に始まり、今年6月に亡くなったフランソワーズ・アルディ、アストラッド・ジルベルトやマーゴ・ガーヤンといった古のシンガーから、今をときめくビリー・アイリッシュやジェシカ・プラットの白昼夢を思わせる楽曲まで並ぶ。ほかにも「magical realism」というプレイリストでは、青葉市子やカルメン・マキ、久石譲が手がけた『となりのトトロ』サントラなど日本の楽曲も収められているが、その知識以上に驚かされるのが選曲センス。静寂と繊細さ、夢見心地なムードを備えた曲を一貫して愛聴し、なおかつその背景にあるものまで深く掘り下げてきたことが、そのままリアナの作家性にも直結している。
そんな彼女がベッドルームで紡いだ音楽は、TikTokを通じて瞬く間に広まった。「もしTikTokがなかったら、今の自分はいないかも……と考えると、すごい話だと思う。たったの1曲が私に幸運をもたらしてくれて、レコード・レーベル(ヴァーヴ)との契約にまで至ったんだもの」と語るように、18歳の頃に作曲した「rises the moon」は2021年よりバイラルヒットを記録し、今ではSpotify再生5億回を突破。実際にTikTokを覗いてみると、この曲を使った動画の多くが雨、夜、孤独や失恋をモチーフとしており、切なくも懐かしいフィーリングが歓迎されたようだ。
「若い世代のリスナーは、私がどのジャンルに属するかはあまり気にしていない。彼らはリリシズム、コミュニティ、そして音楽が自分たちをどう感じさせてくれるかに重点を置いている」と語っていたのは、同じくTikTokからブレイクしたジャズの新たな歌姫レイヴェイ。彼女と交流のあるリアナも、この発言に同意している。
「ストリーミングは音楽ジャンルの壁を取り外したと思う。今はレコードショップでジャズのコーナーに行かなくても音楽を探せるしね。あとは『今ではない時代へのノスタルジア』というのもあるのかな。自分たちが生まれる前の時代を『懐かしい』と感じる感覚は誰にでもあるはず」
そう語る一方で、彼女はジャンルのうわべだけを掬うのではなく、固有の歴史や文化的背景、民族的アイデンティティも掘り下げてきた。冒頭で本人も認めていたように、リアナの紡ぐ音楽はブリティッシュ・フォークとボサノヴァの架け橋といえるもの。イギリスとブラジルという二つの血筋を辿りながら、自分だけのメランコリーとマジックリアリズムを探求している。
高校時代、友人からヴァシュティ・バニヤンとニック・ドレイクを教えてもらったのをきっかけに、60〜70年代UKフォークの深い森へと足を踏み入れたリアナ。そこからブリジット・セント・ジョン、フェアポート・コンヴェンション、ペンタングルといった当時のアーティスト及びシーンについてインターネットで徹底的に調べていくうちに、「今ではない時代へのノスタルジア」にのめり込んでいったという。
「ヴァシュティ・バニヤンは知りうる限り、もっとも静かな音楽だと思う。彼女の曲はやさしい視点を自然に向けていて、どこかもう戻ってこない時代の名残も感じる。イギリスの農村の生活とか、産業革命以前のライフスタイルに近いようなことが歌われていて。そういう暮らしに人は一種の憧れがあるんだと思う」
そう語る彼女は以前、1973年公開のカルト映画『ウィッカーマン』の劇中曲「Willow’s Song」のカヴァー動画をTikTokに投稿していた。A24の『ミッドサマー』にも多大な影響を与えた同作は、当時のUKフォークを取り入れたサントラも古典として認知されている。「サイコホラーやフォークホラーは何でも大好き。夜、森のなかで起きる不気味で奇妙な出来事……おとぎ話にも通じるような。そういうのにすごく興味がある」というリアナ。その言葉を踏まえると、ケイト・ブッシュでは名曲「嵐が丘」を収録したデビュー・アルバム『天使と小悪魔』がお気に入りというのも頷ける。
ボサノヴァに関しても、10代の頃からジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビン、ナラ・レオンが弾くギターから和声言語を学び、アストラッド・ジルベルトから柔らかい歌声とそこに宿るサウダージを習得してきた。「最近はセッサ(Sessa)がお気に入り」と語るように、トロピカリアの精神を受け継ぐMPB新世代にもシンパシーを抱く彼女は、デビュー・アルバムにジャキス・モレレンバウム、チン・ベルナルデスというブラジルの逸材を迎えている。それにブラジルの音楽を聴くことは、生まれ故郷から遠く離れた母方のカルチャーに想いを馳せることでもあった。
「実際に訪れたのは子供の頃から数えても数回程度だけど、ブラジルのルーツに対する好奇心はずっと持っていた。今もポルトガル語を学んでいる真っ最中。そう考えると、言葉からくる好奇心が大きかったのかもしれない。実際、ポルトガル語を少し話せるようになったら、歌詞の意味も理解できるようになり、(ブラジル)音楽への興味も深まったから」
ここまで記してきたことの全てが詰まった『フラワー・オブ・ザ・ソウル』は現時点の集大成というべき一枚で、プロダクション面も飛躍的に成長している。共同プロデュースを務めたノア・ジョージソンは、2000年代におけるフリー・フォーク運動の立役者、デヴェンドラ・バンハートやジョアンナ・ニューサムを手がけてきた人物。あのムーヴメントが当時、ヴァシュティ・バニヤンの復活を促したことを思うと不思議な縁を感じる。
アルバムのテーマは「移ろい」。天候や時間、季節、もしくは感情や人間関係などの変化を多彩な音楽スタイルで表現している。10代の頃から曲を書き始めたにも関わらず、自然を愛する彼女はセント・アンドリュース大学で動物学を専攻。「私はただ自分の耳で聴いて作ってるだけだったから、大学で音楽を学ぶことが最良の道なのかわからなかったし、科学を勉強した方が就職もしやすいんじゃないかと思って」と当時は考えたそうだが、「rises the moon」の成功もあり、卒業する頃には歩む道も変わっていた。
「小さな町にある大学に通い、育ったのも小さな町だったから、都会に出て暮らすのは初めてだった。それで最終的に、音楽をフルタイムでやる覚悟を決めたというか……そんなふうにいろんな変化が私に起きていたの。その頃の気持ちが曲にも反映されたんだと思う」
彼女の心象風景や自然への関心は、アップビートな曲調に乗せて「生まれたばかりの青い鳥が初めての歌を歌う/私たちがいなくなった後も生き続ける木の上で」と口ずさむ「オレンジ色の日」、本人いわく「川沿いを歩きながら、世界から切り離されたような気持ちを歌うフォークソング」だという「クリスタリン」、失恋と雨模様を儚く歌うボッサ調の「アイ・ウィッシュ・フォア・ザ・レイン」といった楽曲に反映されている。
ケイト・ブッシュとミルトン・ナシメントに影響され、予期せぬコード進行も印象的な「ナイトヴィジョンズ」は、吸血鬼のゴシック・ロマンスを題材に作られたもの。「フォークホラーが好きなのは不気味で奇妙だからと話したけど、それとは裏腹にロマンティックな面もあって。そういうストーリーにすごく惹かれる」と語る彼女は、この曲のインスピレーションとして『ジェーン・エア』や『オペラ座の怪人』といったミュージカルに、ドラマ版も有名なステファニー・メイヤーの小説『トワイライト』、リアナの作風からは思いもよらないエヴァネッセンスのニューメタル名曲「Bring Me to Life」を挙げている(「あの超大げさで『いかにも』な世界観が大好き!」とのこと)。
『フラワー・オブ・ザ・ソウル』の夢と現実が溶け合う幻想的な世界観は、多くのカヴァー動画が投稿されている「rises the moon」と同じように共感を集めるはずだ。レトロというよりニューノスタルジックと形容したい歌とサウンドは、心を静める音楽においてのインスタント・クラシックであり、花々のように日常を彩り、新たな気づきを与えてくれる。
「私のアルバムを聴き終わったとき、自然とのつながり、これまで通り過ぎてきた色々な側面を尊ぶ気持ち、もしくはどこかに連れていかれるように感じてもらえたら嬉しい」
リアナ・フローレス
「フラワー・オブ・ザ・ソウル」
UCCV-1201 SHM-CD ¥2,860(税込)
2024年6月28日リリース
01. ハロー・アゲイン
02. オレンジ色の日
03. ナイトヴィジョンズ
04. クリスタリン
05. 今も昔も
06. 中途半端な心
07. ホェン・ザ・サン
08. アイ・ウィッシュ・フォア・ザ・レイン
09. カッコウ
10. バタフライズ
11. スローリー
12. バタフライズ(ソロ・ヴァージョン) ※日本盤ボーナス・トラック
〈パーソネル〉
リアナ・フローレス(vo, g, cel, key)、チン・ベルナルデス(vo, g)on ⑩、ゲイブ・ノエル(b)、ドリー・バヴァルスキー(key)、デイヴィッド・レイリック(fl)、ダニー・ベンジ(vin, va, vc)、ジョルディ・ナス・ガレル(vin)、ジャキス・モレレンバウム(vc)、クリス・べアー(ds, per)、アリス・ボイド(Bird Song)