ルイ・アームストロング関連の多くの著作を出版し、ニューヨーク州クイーンズにある「ルイ・アームストロング・ハウス・ミュージアム」の研究コレクション責任者も務めるリッキー・リカルディ氏によると、この“吹奏の甦りっぷり”には歯の手術がうまくいったことも関係しているとのこと。さらに、収録の地がロンドンであることも好演につながったのでは、と語っていた。

なにしろロンドンはルイ直系のラッパ吹きといえるケン・コリアー(Ken Colyer。デトロイトのDJであるKen Collierとは別人)、ハンフリー・リトルトン、ケニー・ボールに加え、トロンボーンのクリス・バーバー、クラリネットのアッカー・ビルクなどが活動するニューオリンズ・ジャズ・リスペクトの地(彼らの演奏はトラッド・ジャズと呼ばれた)。ルイと彼のバンドはあわただしいワン・ナイト・スタンド(一夜ごとに演奏の地域を変える)ではなく長期間ここに滞在し、コンディションを十分に整えたうえで、彼らの音楽を知り、心から愛するオーディエンスの前で演奏できた。その中には昔からのファンに加え、68年当時の英国で大ヒット中だったという「この素晴らしき世界」で新たにルイの魅力を知った世代も多数いたに違いない。もちろん今は2023年、「イギリスのトラッド・ジャズ? 知らない」という向きも多いと思われるが、クリス・バーバーやケン・コリアーのバンドに在籍したロニー・ドネガンが1950年代半ばに独立して新種のポップ・ミュージック(スキッフルと呼ばれた)を歌唱して人気を集め、それに触発された学生バンドのひとつがザ・クオリーメンであり、これが紆余曲折を経てザ・ビートルズへ変化していくのだと考えると、ルイがポップ・ミュージック全般に染み通らせた影響力の途方もなさに、いやがおうにも思いをはせることになる。

そして今回、リッキーとヴァーヴ・レコードが新たにタッグを組んで送り出すのが、コンピレーション・アルバム『サッチモの素晴らしき世界~決定版ベスト』。ライヴ・パフォーマーとしての活きの良さを示した『この素晴らしき世界~ルイ・イン・ロンドン・ライヴ・アット・ザ・BBC』とは趣を変えて、歌手としてのルイの魅力をスタジオ録音による有名なヴァージョンでじっくり楽しんでいただこう、という趣向だ。私もかつて『ハロー・サッチモ! ~ミレニアム・ベスト』というコンピレーション作品に携わったことがあるのだが(“ジャケット・イラストを藤子不二雄A氏に依頼できますでしょうか”という案が通った時は小躍りしたものだ)、「この素晴らしき世界」や全米ヒット・チャート1位に輝いた「ハロー・ドーリー!」は必須としても、ほかの、あふれんばかりの名曲名演名唱をどこまで収めていくか、については十人十色の意見があるに違いない。

この『サッチモの素晴らしき世界~決定版ベスト』は、「せめてこれだけは聴いてほしい」という感じのシンプルかつ趣深い内容となっており、大衆歌手としての一面に的を絞ったようなセレクションも潔い。全13曲という構成はアナログ盤としての流通も考えたうえでの結論であろう。

なお、アルバム・タイトルに何度も登場しているサッチモ(Satchmo)とは、ルイのニックネームのひとつ。由来はさまざまで“なんて大きな口だ(Such a Mouth)”から来たとも、“がま口(satchel mouth)”が訛ったものともいわれている。

1. 夢を描くキッス
『この素晴らしき世界~ルイ・イン・ロンドン・ライヴ・アット・ザ・BBC』でも演唱されていた、ルイ・アームストロング生涯のフェイヴァリット・ナンバー。1935年にオスカー・ハマーシュタイン2世らが書き、51年にルイがリヴァイヴァル・ヒットさせた。

2. ハロー・ドーリー!
1964年5月、ザ・ビートルズをはねのけて全米ヒット・チャートの1位を獲得。この快挙によってルイは“史上最高齢で首位に輝いた音楽家”という栄誉にも浴することになった。またこのヴァージョンは、2001年にグラミー賞「名声の殿堂」入りを果たしている。

3. ドリーム・ア・リトル・ドリーム・オブ・ミー
1950年に“ファースト・レディ・オブ・ソング”(“ファースト・レディ”とは大統領夫人、つまりアメリカ最高峰の女性を示す)ことエラ・フィッツジェラルドとの二重唱で録音。ハンク・ジョーンズ(ピアノ)、エラの当時の夫であるレイ・ブラウン(ベース)ら参加メンバーにも注目したい。

4. バラ色の人生
1946年にエディット・ピアフが発表したシャンソンの名曲を、ルイはその4年後にカヴァーした。どんな曲でも彼の手に(声に)かかれば100%彼の色に染まるという“サッチモ・マジック”が見事。ピアノはルイの旧友、“ジャズ・ピアノの父”ことアール・ハインズが弾いている。

5. 明るい表通りで
ルイ・アームストロング・ファン必見だったNHK朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」でも紹介された、彼の代名詞的ナンバー。世界恐慌の余波が残る1930年、ミュージカル「ルー・レスリーのインターナショナル・レビュー」で紹介された一曲で、本作には56年録音のロング・ヴァージョンを収録。

6. 君微笑めば
デューク・エリントン、フランク・シナトラからルーファス・ウェインライトまで数多くのミュージシャンに愛されているナンバーだが、この曲を広く世に知らしめたのはルイをおいて他にない。ここに収められているのは2010年、アップル社「iPhone4」のTVコマーシャルに使われて人気が再燃したヴァージョン(56年録音)。

7. チーク・トゥ・チーク
「ホワイト・クリスマス」の作者であるアーヴィング・バーリンが1935年の映画『トップ・ハット』のために作詞・作曲。ここでは56年に行われたエラ・フィッツジェラルドとの再会セッションから聴いていただこう。ルイとエラの声の重なり、若きオスカー・ピーターソンのピアノ、すべてが時代を超えた輝きを放っている。

8. キャバレー
1966年の同名ブロードウェイ映画(72年に映画化)の主題歌。『この素晴らしき世界~ルイ・イン・ロンドン・ライヴ・アット・ザ・BBC(原題:Louis in London)』にも参加していたタイリー・グレン(トロンボーン)、ジョー・マレイニ(クラリネット)等を含むメンバーと共に、ルイは華やかな演唱で楽しませる。

9. 久しぶりね
太平洋戦争終結の年、1945年にハリー・ジェームス楽団(歌:キティ・カレン)が大ヒットさせたナンバー。兵士となった夫や彼氏の帰還を待ちわびる人々の間で大いにアピールした。円熟の極致というべきルイのパフォーマンスも実に味わい深い。

10. 誰にも奪えぬこの想い
三たび、エラ・フィッツジェラルドとの共演。1937年にジョージ(作曲)とアイラ(作詞)のガーシュウィンが書いた名スタンダード・ナンバーだが、ルイによる録音はどうやらこれが唯一であるようだ。エラのソロ歌唱の背後で奏でられるトランペットの響き、後半のハモリのパートも実にいい。

11. ムーン・リヴァー
いわずとしれた、大ヒット映画『ティファニーで朝食を』の主題歌。主演を務めたオードリー・ヘプバーンの可憐な歌唱で広まったが、ルイの粋な男っぷり全開の当ヴァージョンもまた、じつに印象的。本当に彼はどんな素材も自分の音楽にしてしまう。

12. ブルーベリー・ヒル
1940年に作られたポピュラー・ソング。“歌うカウボーイ”ことジーン・オートリーが最初にヒットさせたが、ルイが1949年に再解釈したあたりから黒人ミュージシャンも取り上げ始め、ファッツ・ドミノやリトル・リチャードもカヴァーしている。甘美な伴奏とダミ声のコントラストがこたえられない。

13. この素晴らしき世界
シングル・カットされた当初、アメリカでは殆ど話題にならなかったものの、英国ではチャート1位を記録。87年の映画「グッド・モーニング・ベトナム」に使われてリヴァイヴァル・ヒットした。カヴァー・ヴァージョンも数えきれないほど生まれ、いまや“地球賛歌”として認識されている観がある。世界中で 14 億回以上ストリーミングされ、先日 RIAA(アメリカ・レコード協会)から 5x platinum に認定された。

昨年は初レコーディング(1923年4月5日)から満100年、今年はニューヨークでの初演奏(1924年)から満100年&初来日公演から満70年(ただし日本に降り立ったのは1953年末、米軍基地慰問を経て一般公演に移った)&「ハロー・ドーリー!」大ヒット満60年と、アニバーサリー続きのルイ・アームストロング。『サッチモの素晴らしき世界~決定版ベスト』を通じて、また新たな彼のファンが増えていくのかと思うと、嬉しくてならない。

■リリース情報

ルイ・アームストロング
AL『サッチモの素晴らしき世界~決定版ベスト』
2024年9月13日リリース 
UHQ-CD:UCCV-1207 / 3,300円(tax in)

収録曲目:
1. 夢を描くキッス
2. ハロー・ドーリー!
3. ドリーム・ア・リトル・ドリーム・オブ・ミー
4. バラ色の人生
5. 明るい表通りで
6. 君微笑めば
7. チーク・トゥ・チークheek to Cheek
8. キャバレー
9. 久しぶりね
10. 誰にも奪えぬこの想い
11. ムーン・リヴァー
12. ブルーベリー・ヒル
13. この素晴らしい世界