グラミー賞を3度受賞したサマラ・ジョイの最新作『ポートレイト』は、ツアー生活の証であり、彼女の芸術の旅を垣間見ることができる作品だ。2022年リリースのアルバム『リンガー・アワイル』の大成功を収めた後、彼女は広範囲に渡るツアーを行い、世界中の聴衆を魅了した。ツアー・バンドは、トランペットのジェイソン・チャロス、トロンボーンのドノヴァン・オースティン、サックスのデヴィッド・メイソンとケンドリック・マカリスター、ピアノのコナー・ローラー、ベースのフェリックス・モースホルム、ドラムのエヴァン・シャーマンで構成され、大規模なツアーでの経験が、まとまりのあるバンドへと成長させた。

 『ポートレイト』は新しいが、良い意味で「古い」。ニュージャージーにある伝説的なヴァン・ゲルダー・スタジオで3日間に渡ってレコーディングされた。各曲のテイクはわずか2、3回で、何百回ものライヴ・ギグ、妥協なきリハーサル、絶え間なき改良により、いかにツアーを共にしたバンドが磨かれて来たかを感じることが出来るだろう。サマラは、「8人のミュージシャンがいて、つまり8つのフレッシュな視点と音楽的バックグラウンドがあるのよ」とバンドの貢献を高く評価している。

カメラを見つめる歌手サマラ・ジョイのカラーポートレート。
サマラ・ジョイ。写真: AB + DM, courtesy of Verve Records.

 また、彼女は「成長と探求のために、全員がひとつにまとまっているの。ペンとマインドを駆使して多くの人たちからインスピレーションを受けながらも、自分たち独自の音楽を産み出しているの。そう、このバンドのサウンドには、信じられないほどの深い音楽性と創造性が注ぎ込まれているのよ」とも語っている。アルバムにはサマラの名前が冠されているが、バンドとして完璧に仕上がっている。非常にタイトだ!

全8曲にわたって、味わうべきものがたくさんある。オープニング・トラックの 「ユー・ステップト・アウト・オブ・ア・ドリーム」は、トランペッターのジェイソン・チャロスが複雑なホーン・ラインを奏でる曲で、サマラのヴォーカルはあたかもホーンになったかのよう。どうやら彼女は自分の楽譜パートがあることに抵抗があった様で「できるだけ正確に覚えられるかどうか自信がなかったの。でも私はよく5番目の声、5番目のホーンに・セクションにもなるの」と説明した。「リスナーには、私もミュージシャンであることを分かってくれると嬉しい」。なるほど、確かに彼女は自分の持ち味を発揮している。すでにTikTokで話題となっている彼女の楽器とボーカルの共演チャレンジ動画を観れば、その難しさを実感することだろう。

 サマラがチャールス・ミンガスの曲「ラヴバードの蘇生」を叙情的に歌い直したのも印象的だった。背筋がゾクゾクするような成層圏のアカペラで始まる。彼女が「美しい世界のビジョン、溢れる情熱、そして想い出の反射、残された疑問…」と歌うと、まるで彼女が飛び立ち、歌うにつれて煌めき、変化するスリリングなオペラのトップ・ノートに達すると、突如としてバンド全体が入ってくる。これは超絶技巧の作品だ。

 エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、ビリー・ホリデイといったジャズ界の巨匠たちとしばしば比較されるが、サマラは独自の道を切り開いている。

 確かにスタイルやアプローチには影響が見られるが、彼女の音楽にはとてつもない才能と愛らしい誠実さがある。彼女は、それこそが人々が共感するものだと思う、と言う。「私が偽りなく、すでに馴染んでいるということ事実に人々は共感するのかもしれないわね。それがリアルであるからこそ、直接、そしてソーシャルメディアで人々の心に届くのだと思う」

サマラ・ジョイと彼女のバンドがヴァン・ゲルダー・スタジオで集合写真を撮影。
ヴァン・ゲルダー・スタジオのサマラ・ジョイ。Photo: Bryan Wilkat, courtesy of Verve Records.

 その「リアルさ」が、彼女のルーツであるゴスペルとスウィング・ジャズを融合させたオリジナル曲「ピース・オブ・マインド / ドリームズ・カム・トゥルー」を、彼女のZ世代のファンにとって希望の歌詞として表れている。「あきらめないで…夢は叶う…叶うしかない…私の夢は叶ったし、あなたの夢も叶うわ…」。

 真のストーリーテラーの証は、曲のために引き下がるタイミングを心得ていることだ。バラード曲の「ア・フール・イン・ラヴ」や、かつて彼女が定期的に通っていた有名なジャズ・ワークショップの指導者、バリー・ハリスに捧げた控えめながらも素晴らしく刺激的な「ナウ・アンド・ゼン」で、サマラはそれを実践している。彼の死を振り返る歌詞は痛烈だ。「同じではないけれど、私たちはあなたの歌を歌うわ、あなたのような火花はもう燃えないの?」

 アップテンポのボサノヴァ「ノー・モア・ブルース」が続き、ムードを明るくする。サマラがコンサートでこの曲を演奏する時は、観客を立ち上がらせて踊るように促すことが多く、どこにいてもちょっと踊るのに最適な曲だ。私が最後の50秒を繰り返し聴いたのは、彼女のヴォーカルが驚くほど流麗だったからだ。正直に言うと、その部分を10回くらい続けて聴いたのだ!将来のジャズ・シンガーは、間違いなくこのフレーズを研究することになるだろう。

 このアルバムには、クラシック・ジャズ、実験的な新曲、スウィング・チューンなど、誰もが楽しめる曲が詰まっている。アーティストがリリースするアルバムはどれも、そのアーティストが持つアート性を瞬間的にスナップショットしたものに過ぎないことは誰もが知っている。サマラ・ジョイは、ヴォーカリスト、プロデューサー、作詞家、作曲家、バンド・リーダーとして様々な役割を担いながら、キャリアの次の段階へと歩みを進めている。このアルバムは正に彼女の「ポートレイト」なのだ…今のところは。


ジュモケ・ファショラはブロードキャスター、ヴォーカリストであり、現在BBCラジオ3、BBCラジオ4、BBCロンドンで様々な芸術・文化番組を担当している。


ヘッダー画像: Samara Joy。Photo: AB + DM, courtesy of Verve Records.