アルト・サックス奏者、イマニュエル・ウィルキンスの3枚目のアルバム『ブルース・ブラッド』は、料理をする時に聴くのが理想的だ。きざみ、かき混ぜ、味付けし、ゆっくりと火を入れてゆく。2021年、パンデミックに見舞われたニューヨークからオンラインで行われた驚異的な長編ジャズ組曲のライヴ・プレミアでは、ステージ中央にシェフを招き、ウィルキンスと彼のカルテット、そして数名のゲスト・ヴォーカルにより行われた。音楽の瞑想的な音色が展開するにつれ、食事の香りがライブ会場に漂い始めた。

 「半分くらい演奏したところで、全く違う世界へ連れて行かれたような感じがした。今までに経験したことがない体験だった」と、2015年にフィラデルフィアからジュリアード音楽院で学ぶためにニューヨークへ移り住んだ27歳のウィルキンスは、ニューヨークのカフェで私に語った。「食事が準備される香りは、先祖代々の記憶や、音楽に含まれる錬金術的な性質を物語っていた。このアルバムでは、まるで母親がキッチンで家族のレシピを話してくれたり、みんなが集まって鍋を囲んだりするような、何かの活動に耳を傾けているような感覚になってほしいと思ったんだ」

 このプロジェクトのコミッショナーであるブルックリンのアート施設、ルーレット・インターメディアムは、『ブルース・ブラッド』を「長い瞑想、即興演奏、複数の様式を通して、アフロ・アメリカの精神的、文化的風景をナビゲートする作品」と謳っている。『ブルース・ブラッド』はウィルキンスがリリースしたアルバムの中で最も野心的な作品である。2020年のデビュー作『Omega』や、2022年にリリースされ高い評価を得た『The 7th Hand』とは異なり、このレコーディングは降伏と未知を受け入れるものだ。

 ウィルキンスは、アルバム・プロデューサーのミシェル・ンデゲオチェロの勧めで5曲の短いインタールードを差し込んだ。これについて彼は、「この5曲は、断片をつなぎ合わせ、記憶の断片として機能させるテーマを別にするための素材なんだと言うことをミシェルは私に教えてくれた」と語ってくれた。

 作曲の面では、ウィルキンスは最も無防備な状態にあった。「私にとっては危険な空間だった。バンドに作品を落とし込む時、これまではどんなサウンドになるか明確なアイディアを持っていて、そのことに慣れてたからね」ウィルキンスは、ピアニストのマイカ・トーマス、ベーシストのリック・ロサート、ドラマーのクウェク・サンブリーと数年間一緒に演奏してきたが「ここでは多くのことをオープンにしすぎていたので、いざ演奏を始めた時はほとんど不完全な感じがしたよ」

Photo: Joshua Woods via Blue Note Records.

 「それは確かに私達の間に、ある種の主体性をもたらすのに役立った」と彼は付け加える。「だから、ジャズ作曲家として、ここは相応しい場所だったね。ステージ上で他のミュージシャンに身を委ねるのは本当に危険だからね」

 このプロジェクトの出発点は、アフリカ系アメリカ人とヒスパニック系の若者のグループ「ハーレム・シックス」の一員で、1964年に殺人罪で無実の罪を着せられたダニエル・ハムの言葉だった。「あざ(bruise)を切開して血を流して、そのあざ(ここでハムはbruiseをbluesと誤って発音している)の傷を見せなければならなかった。」とハムは語る。彼は裁判を待つ間、刑務官に何度も殴打されたにもかかわらず「血が出ていない」という理由で治療を受けられなかったのだ。

 この残酷な歴史的エピソードは、マックス・ローチとアビー・リンカーンの1960年の大作『We Insist! Max Roach’s Freedom Now Suite』や、スティーヴ・ライヒの1966年の有名な作品「Come Out」にも影響を与えている。スティーヴ・ライヒの反復とレイヤーの使い方は『ブルース・ブラッド』にも類似しており、変幻自在で心地よく、しばしば美しいものへと進化する。それは並置を好み、余白に黄金を見出し、中間を表現することに対する彼の好みに沿った美学であり、これら全てが黒人の存在意義の核心であると彼は言う。確かに、それはジャズ音楽の核心そのものだ。

 「2024年という現代に、ブルースがジャズや黒人音楽にとって何を意味するのかをずっと考えていた」とウィルキンスは言う。彼はジュリアード音楽院でピアニストのジェイソン・モランとトランペッターのアンブローズ・アキンムシーレに師事し、ウィントン・マルサリスからビブラフォンの若きスター、ジョエル・ロスまで様々なミュージシャンのサイドマンとして活躍して来た。

 「ブルースという感情は、農園で働いていた時代まで遡って、黒人にとって苦痛の中の快楽の象徴として機能してきた。今ではそれはより捉えどころのない形で表れている。私は、各々のミュージシャン育んできた音楽的素養を素材としてジャム・セッションを行い、根本的にこれまでにない音楽を作りたかったんだ」

 アルバム『ブルース・ブラッド』にぴったりとフィットした4人のヴォーカリストはそれぞれ異なる分野で活躍している。シカゴのヤウ・アギェマン。ニューヨーク生まれ、インドのタミル・ナードゥ州に育ったガナヴィアは、ラーガにインスパイアされたスタイルで跳躍し、朗々と歌い上げる。グラミー賞を3度受賞したセシル・マクロリン・サルヴァントは、愛する人が祖先となることを綴ったソフトなキーと徐々に盛り上がるサックス・ラインが印象的な 「ダーク・アイズ・スマイル」を歌う。(「歌詞の深遠な内容をしっかり伝える為には十分な間が必要だった。だから曲中にシンガーを存分に活かすスペースを沢山作ったんだ。」)彼女はこの曲の後に収録される、この世のものとは思えないほど卓越した歌声を持つシンガー・ソングライター、ジューン・マクドゥームと共にウットリする魅惑的な1stシングル「アフターライフ・レジデンス・タイム」に参加した。

「この曲は、ヒューストンでリトリートをした後、仏教のお経にインスパイアされたんだ。」と彼は言う。「クウェクとガナヴィア、それにシャバカ・ハッチングスやエスペランサ・スポルディングがいて、ガナヴィアとエスペランサは毎朝、リビングルームで『南無妙法蓮華経』と唱えていた。すごい迫力だったよ。そのスピードとリズムへのこだわりに私は興味をそそられたんだ」

 このタイトルは海洋生物学で使われる用語、つまりある元素が水中に存在する期間について言及したもので、大西洋横断奴隷貿易について語る手段としても使われている。「塩の水中滞留時間は2億6000万年。人間の血液は塩辛いから、海に落ちたか投げ出されたかもしれない祖先は、実は今も大西洋に存在しているんだ」

 器としての身体は、ウィルキンスの作品に繰り返し登場するテーマである。シカゴ出身でウィルキンスのコラボレーターとしても活躍するシアスター・ゲイツは、アルバムのオープニング曲「マット・グレイズ」の俳句のような歌詞を書いた。その歌詞が唄うのは鍋の事かもしれないし、身体のことかもしれない。

 「身体は記憶を保持するものであり、その記憶をDNAを通じてアーカイブし、それを血統に伝えるのだ、と私は考えるんだ」とウィルキンスは言う。「今後も同じ種類の資料を様々な観点から再調査するつもりさ」

 ウィルキンスは自身の探求を深めるため、視覚芸術、写真、ダンス、映画を頻繁に利用している。味覚と嗅覚は彼の芸術の枠を超えた武器庫の一部である

 「私は、歴史上の痛ましい瞬間に立ち向かい、そこから何が出てくるかを見ることに魅了されている」と彼は言う。「そのパワーと感情のエネルギーを掘り起こしたいんだ。その間にあるもの、ブルースの中に、心を落ち着かせ、癒す可能性があるかどうかを発見したいんだ」

ジェーン・コーンウェルはオーストラリア出身でロンドンを拠点に活動するライター。アート、旅行、音楽に関する記事を執筆し、『Songlines』や『Jazzwise』など英国とオーストラリアの出版物やプラットフォームに寄稿している。ロンドン・イブニング・スタンダード紙の元ジャズ評論家。


ヘッダー画像: イマニュエル・ウィルキンス。Photo: Joshua Woods via Blue Note Records.