今年2020年はモダンジャズの開祖にしてビバップ革命の主導者、チャーリー・パーカーの生誕100年に当たります。それにしても一世紀も昔の人物の「発明」が、今日のジャズの隆盛をもたらしているのはほんとうに驚くべきことです。
19世紀末にニューオーリンズで起こったとされる“ジャズ”は、1920年代「ジャズの父」と呼ばれたルイ・アームストロングによって進むべき方向、骨格が示されました。それは楽器を自分の声のように自由に扱って良いという、最も重要なジャズならではの特徴です。それによって楽曲は作曲者のものであると同時に、演奏者の個性発現の素材という要素が強まったのです。ここにジャズはそれぞれのミュージシャンの個性的演奏・歌唱を楽しむ音楽であるという基本スタイルが出来上がったのでした。要するに「曲を聴く」のではなく「人を聴く」音楽がジャズなのです。
その伝統を踏まえたうえで、1940年代、チャーリー・パーカーがきわめて独創的なアイデアをジャズに持ち込みました。それはコード進行に基づいた即興演奏という、ロジカルで斬新な試みです。
ジャズの即興、アドリブはその発祥、ニューオーリンズ・ジャズの時代からあったと言われ、その伝統を引き継いだと考えられるルイの演奏にも、随所に魅力的アドリブがちりばめられています。とは言え、その頃のアドリブはメロディラインに装飾を施したり、一部を改変する程度で、その目的はあくまで「その人らしさ」を際立たせるための「変奏」の域を出ませんでした。
それに対しパーカーのコード進行に基づく即興の試みは、より構造的なもので、厳格なルールの上で各プレイヤーがその才能の冴えを競う、一種の高速演算ゲーム的なものに進化したのでした。それだけに、演奏者の才能が極限まで試されるシビアな音楽となったのです。
その過酷さは芸術的困難と言ってもいいかもしれません。かつて自然発生的な「大衆芸能音楽」として誕生し、ルイによって個性の発現という基本スタイルを受け取ったジャズは、その伝統を踏まえたうえで、チャーリー・パーカーにより更に「芸術音楽」とも言うべき意匠を身に纏ったのです。
パーカーのアイデアの斬新さはそれだけではありませんでした。彼の卓越したアイデアは、ミュージシャンの才能を極限まで追求するという過酷な側面と同時に、「演奏システム」としての汎用性をも兼ね備えていたのです。
その結果、天才性の発揮とは裏腹に、システムとしての語法さえ習得すれば、それを梃としての個性発揮が可能となり、多くの優れたハードバップ・プレイヤーが輩出する「ジャズ黄金時代」が1950年代に花開いたのです。パーカーと同じアルトサックス奏者、ジャッキー・マクリーンやフィル・ウッズは、パーカーフレーズの模倣からスタートしつつも、それを各自が肉体化することにより、それぞれが個性的なマクリーン節、ウッズ・スタイルを築いて行ったのでした。
要するにハードバップとはシステム化され洗練されたビバップとも言うべきものなので、アルトサックス奏者に限らず、チャーリー・パーカーのサイドマンだったマイルス・デイヴィス、そのマイルスのサイドマンであったジョン・コルトレーンといった「ジャズの巨人たち」にも応用可能でした。そしてもちろんピアノにおいても、パーカーのサイドマンだったバド・パウエルがバップピアノのスタイルを完成させ、ウィントン・ケリー、ソニー・クラーク、ケニー・ドリューといった、ジャズファンお馴染みの「パウエル派ハードバップ・ピアニスト」を輩出させたのです。
40年代後半のビバップに端を発し、ハードバップ、モードといった一連の多彩なジャズスタイルは以後「モダンジャズ」と総称され、60年代後半マイルスによるエレクトリックジャズが誕生するまで続いたのでした。ちなみにビバップとほぼ同時期に誕生したクールジャズは、白人ミュージシャンによるビバップと言えるもので、また、ウエストコースト・ジャズもアンサンブルに特化した音楽ではあるものの、その骨格はパーカーの切り拓いた地平線上にあったのです。
このように、まさにジャズ史を改変させたチャーリー・パーカーの音楽は、「ジャズそのもの」と言っていいのですね。ということはルイ以来の伝統「演奏による個性の発現」と、パーカー自ら切り拓いた「即興芸術としてのジャズ」の両面を兼ね備えているのです。
そしてとりわけ彼の即興性が花開いたのが、彼の経歴の初期に当たる今回発売されたサヴォイでの一連のレコーディングなのです。つまりコード進行による即興演奏というアイデアが最初に試されそれが成熟し、最高点を迎えるまでの過程、言い換えればパーカー絶頂期の記録がこのサヴォイ・レコーディングスなのです。まだSP時代なので録音時間が短く、それだけに高度に凝縮されたパーカーのアドリブは壮絶なまでの凄みを帯びています。
テーマをすっ飛ばしのっけからアドリブで飛ばす《クラウンスタンス》の凄まじさ、圧倒的スピード感で聴き手を圧倒する《バード・ゲッツ・ザ・ワーム》の悪魔的迫力、まさに天才の技がここに現れているのです。
・クラウンスタンス
・バード・ゲッツ・ザ・ワーム
■作品情報
『ニュー・サウンズ・イン・モダン・ミュージック』
<チャーリー・パーカー生誕100周年UHQ-CD リイッシュー>第2弾も同時リリース
『ザ・コンプリート・チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』
『アンハード・バード:未発表テイク集』
Header image: Charlie Parker. Photo: William P. Gottlieb/Ira and Leonore S. Gershwin Fund Collection, Music Division, Library of Congress.