ポール・モチアンやトーマス・スタンコ、ポール・ブレイ、カート・ローゼンウィンケルなど、個性の強い様々なミュージシャンたちとの共演歴を持つデンマークのギタリスト、ヤコブ・ブロによるECMの新作『テイキング・ターンズ』は、幅広い世代の強力な個性派6人を集めて2014年に録音した作品である。ブロは自らが運営するラヴランド・レコードから、リー・コニッツとビル・フリゼールを共通メンバーとする『バラディーリング』(2009年)と『タイム』(2011年)、『ディセンバー・ソング』(2013年)の3枚のリーダー作を発表していたが、この3部作が北欧評議会音楽賞にノミネートされたのをきっかけに、各アルバムの編成を統合したセクステットで北欧ツアーを行い、そのままスタジオ入りして録音も行っていた。音源はもともとラヴランドで発表するつもりだったようだが、マンフレート・アイヒャーが気に入って、ECMで日の目を見ることになったという。
参加メンバーを見てみると、2011年に他界していたポール・モチアンに代わって、セシル・テイラーとの共演で知られるアンドリュー・シリルがドラマーに起用されている点に興味が惹かれる。ブロによれば、彼はこの録音の前にコペンハーゲンで2、3度シリルと共演した経験や、デンマークのピアニスト、セーレン・キェルガールのアルバム『オプティクス』(2008年)でのシリルの演奏の印象などからシリルのことを尊敬しており、参加してもらうことにしたそうだ。ちなみに、ビル・フリゼールはこの機会以前にシリルと共演したことがなかったが、シリルの参加をブロから聞いた時には、素晴らしいアイディアだとワクワクしていたという。また、アルバムでは楽曲の自由な解釈によってアンサンブルに輪郭を与えている、録音当時86歳だったコニッツのサクソフォンも印象的だ。
「リー・コニッツと最初にアルバム『バラディーリング』を作った時、もともとはトランペットのケニー・ホイーラーにも参加してもらう予定だった。ところが、彼は体調を崩して、イギリスから来られなくなったんだ。それで、代わりのトランペッターを探そうかとも思ったんだけれど、結果的にはそうしなくて良かったと思う。リーが唯一のホーン・プレイヤーとして自由に演奏することで、独特な風景を描いてくれたからね。それに、この偶然があったおかげで、事前に物事をあまり決め過ぎず、その時の流れに従うことの大切さも学ぶことができたんだ」
その言葉どおり、ブロは音楽作りに関しても、決め事を出来る限り少なくして、ミュージシャンたちの解釈による音楽自体の自然な展開を尊重するというコンセプトを基本にしている。本作もそれを踏襲しており、たとえばコニッツが珍しくソプラノ・サクソフォンを吹いている2曲目の「ハイチ」はシリルが送り出すカリブ風のリズムが基調となっているが、ブロがこの曲で提示したのは背景でかすかに聞こえるシンプルなギターのリフとコード進行ぐらいのもので、シリルがそこから感じ取ったリズムを奏でたのだという。曲のタイトルも、録音作業の後でイェルゲン・レト(来年2月に公開予定の映画『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョンズ』で、ブロも参加したサウンドトラックを担当)の住むハイチで週末を過ごしたのをきっかけで付けたそうである。つまり、もともと“カリブ風”などといった指定はどこにもなく、演奏者の自然な解釈でこの雰囲気が生まれたわけである。
「どの曲も、書いてあるのはリードシート(メロディとコード進行が書かれた程度の、ごくシンプルな楽譜)1枚ぐらいのものなんだ。ギターとピアノに関して、僕には僕なりの弾き方があるけれど、実際に曲を録音すると、ほとんどの場合は自分が予想していたものとはずいぶん違ったものになるんだ(笑)。でも、そこが気に入っているんだよね。もちろん、自分が思い描いた音楽を正確に再現したいと思うこともあるけれど、そういう時には完全なソロ・アルバムを作ったほうがいい。他の人たちに自分の曲を演奏してもらう時には、それぞれが感じたままに演奏できると思いながらやって欲しいんだ」
ギター2本にピアノ、サクソフォン、ベース、ドラムスという編成は、コード楽器のプレイヤーが3人いるということで、ややもするとサウンドが混濁する恐れがある。ブロ自身は楽器の分離を良くするために、コード楽器の定位を調整するといったことについては、とくにこだわらなかったそうだが、そこはインタープレイの達人たちによるアンサンブルということで、音も無音の空間も見事に生かされた演奏になっている。それはまた、マンフレート・アイヒャーが主宰するECMのサウンド・コンセプトともぴたりと一致している。
ヘッダー画像 : ©Adam Jandrup / ECM Records