オリーブの枝。森に差し込む光の筋。夏の夕立の後に立ち込める湿った大地の香り。ダウンビート誌の読者投票で2年連続「ジャズ・グループ・オブ・ザ・イヤー」のトップに輝いたアルテミスを構成する5人の名手たちは、それぞれ単独で新曲の作曲に取り組んでいた。そして持ち寄られた楽曲はどれも深遠で、心を惹きつけるものばかり。それぞれに独自の個性がありながら、そのタイトルの多く、そして込められた想いの全てが「自然」と深く結び付いていた。
「それは当然のことよ」と語るのは、カナダ出身のピアニスト、リニー・ロスネス。彼女は2016年3月、国際女性デーを記念してパリでこのグループを結成した。「私たちはみんな自然の中にいるのが大好きなの。私たちのうち3人は太平洋岸北西部の出身で、海や山、森が恋しいのよ」

「木々の中にいるのが恋しいわ」。そう言って彼女は微笑む。「木は、人が精神的な高みへと昇っていく可能性の象徴よ。そして、周囲と調和することで生まれる『今、この瞬間を生きる』という意識を思い出させてくれるの」
彼女たちは、新作の輝かしい8曲入りアルバムを『Arboresque』と名付けた。つまり「木のような」という意味だ。この言葉には、少なくとも筆者にとっては、何か共同体的で、包み込むような、戦う女性たちを思わせる響きがある。「それ、気に入ったわ。」とロスネスは笑う。彼女がビデオ通話で話している背景には、ジャズ、ロック、クラシック、ブラジル音楽などのレコードがぎっしり詰まった棚が見える。彼女は大のブラジル音楽愛好家なのだ。ニューヨークの自宅で、夫であり共演者でもあるピアニストのビル・チャーラップと暮らしている。
「言葉って面白いわよね。英語では説明するのに何文もかかるような意味を、一つの単語で表現できる言語もあるでしょう? 例えば、ベーシストの植田典子が作曲した日本語の”Komorebi”は、”木々の間から漏れ降り注ぐ陽の光”を意味するの。テナー・サックスのニコール・グローヴァーの曲”Petrichor”は、乾燥した後に雨が降ったときの土の香りを指す言葉よ」
ロスネスが作曲・編曲を手掛けた”Olive Branch”は、ラテン・ジャズの要素を持つ楽曲で、ギリシャ神話にも登場するオリーブの樹への賛歌だ。「アルテミスとアポロンの母、レトが双子を産んだのはオリーブの木の下だったのよ」と彼女は語る。オリーブの木の枝は、平和や友情の象徴でもある。
「去年はスペインやフランスを巡るツアーが多くて、たくさんの魔法のようなオリーブの森を見たわ」と話すロスネス。現在のアルテミスのメンバーには、トランペットのイングリッド・ジェンセンとドラムのアリソン・ミラーも名を連ねている。彼女たちのライブでは、新作アルバムに収録された3曲のカバーのうち2曲をよく演奏する。それは、バート・バカラックの”What the World Needs Now(世界は愛を求めている)”と、ロスネスが編曲したウェイン・ショーターの”Footprints”だ。後者は、1980年代後半に彼女がショーターのバンドに参加していた当時の演奏スタイルを反映しているという。
バンクーバーで育ったロスネスは、1985年にカナダ・カウンシル・フォー・ジ・アーツ(カナダ芸術評議会)の奨学金を受けてニューヨークに渡り、そのまま定住した。「同世代で、同じ志を持つミュージシャンがこんなにたくさんいる環境にいられるなんて、夢のようだったわ」と彼女は語る。 ブルーノートの深夜のジャム・セッションで注目を集めた彼女は、その後レーベルと契約し、ソロ・アルバムを次々とリリースした。ブルーノートを始め、様々なレーベルから作品を発表した。最新作はブラジル音楽の影響を受けた『Crossing Paths』(Smoke Sessions Records)である。彼女が共演してきたアーティストの顔ぶれも華々しい。ウェイン・ショーター、ジョー・ヘンダーソン、そしてボビー・ハッチャーソン。
この12年間、ロスネスはロン・カーターのフォーサイト・カルテットの中心メンバーとして、彼の力強いスウィングに自身の洗練されたハーモニーと印象派的な感性を加えてきた。しかし今日、彼女が語りたいジャズの巨匠は、まだ十分な評価を受けていないと感じる、ピアニストでありバンドリーダーであり作曲家であるドナルド・ブラウンについてだ。彼はかつてアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズのメンバーでもあった。ロスネスの1990年のブルーノートでのデビュー作には、ブラウンの曲”Playground for the Birds”が収録されている。そして新作『Arboresque』には、彼が1980年代後半に作曲したダークでグルーヴィーな”The Smile of the Snake”が収録されている
「ドンは本当に素晴らしい作曲家なのに、みんな彼の才能を見落としてるのよ」と肩をすくめる。「テネシーに住んでいるからかしら? ニューヨークじゃないから? 理由は分からない。でも、彼の才能に少しでも光を当てられることを誇りに思うわ」
ニューヨークの話題から、次第に話は彼女がジャズ界の男性優位な環境を意識するようになった経緯へと移って行く。「アメリカ以外の国の女性ミュージシャンは、ここ(ニューヨーク)でのハードルが比較的低いように感じるわ」と彼女は言う。「カナダ出身のミュージシャンもそう。ダイアナ・クラール、ジェーン・バネット、ピアニストのクリス・デイヴィス、そして私やイングリッド・ジェンセン。私たちの多くは、高校の吹奏楽部でジャズに出会い、熱意ある先生の元で学んだの」
「ニューヨークのミュージシャンや観客が問題だったことは一度もないの。でも、ビジネスの世界では違った。特にフェスティバルの主催者ね。女性のピアニストを1人だけブッキングして、それで『義務を果たした』と思ってる人が多かったわ」
しかし、彼女は現在のジャズ・シーンの変化に希望を感じてもいる。例えば、チリ出身のテナー・サックス奏者メリッサ・アルダナや、フランス系アメリカ人のジャズ・ヴォーカリスト、セシル・マクロリン・サルヴァントといったグラミー賞受賞歴のあるアーティストの成功には勇気づけられるという。「セシルは、1000万人に1人の逸材よ。」と称賛する。この二人は、ARTEMISの2020年のセルフタイトル・アルバム『ARTEMIS』にもゲスト参加していた。そして今、彼女たちの音楽が次世代の女性ミュージシャンに大きな影響を与えていることを実感している。「たくさんの若い女性ミュージシャンからメッセージをもらうの。『あなたたちにインスパイアされた』、『女性だけのグループが、こんなにも力強く演奏しているのを初めて見た』ってね。でも、素敵なのは若い男性からのメールもあることよ。『正直、女性はジャズを演奏できないと思っていた。でも考えが変わった』って。もしかしたら、私たちは少しずつ意識を変えられているのかもしれないわね」
しかし、一日の終わりには、太陽が丘の向こうに沈み、葉が閉じ、森が神秘的な闇へと包まれていく中で、アルテミスはただ音楽を演奏する。 「私たちの目標は、人々の心に響く、誠実な音楽を作ること」とロスネスは言う。「一緒に演奏する時間が長くなるほど、私たちのケミストリーは深まって行くのよ」
「ステージ上で放つポジティブなエネルギーは、ステージ外での友情から生まれるもの。私たちは一緒にいるのが好きなのよ」
自然の中でも? 彼女はまた微笑む。「できる時はね」そして続ける。「自然の中で」
ジェーン・コーンウェルはオーストラリア出身でロンドンを拠点に活動するライター。アート、旅行、音楽に関する記事を執筆し『Songlines』や『Jazzwise』など英国とオーストラリアの出版物やプラットフォームに寄稿している。ロンドン・イブニング・スタンダード紙の元ジャズ評論家。
ヘッダー画像: ARTEMIS。Photo: John Abbott。