28回目のグラミー受賞

2025年2月2日、第67回のグラミー賞の発表が行われ、チック・コリアとバンジョー奏者=ベラ・フレックによるデュオ・アルバム『リメンブランス』が「ベスト・ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム」として選出された。チックにとっては、1976年のリターン・トゥ・フォーエヴァー名義による『ノー・ミステリー』での初受賞以降、通算でなんと28回目ともなる受賞であった。

残念ながら、このアルバムは日本での国内発売がなく、大きな話題が集まることもなかったが、ブックレットにはベラによるチックとの出会いからこのアルバムが制作された経緯を含む様々な回想が綴られている。そして、2人の最後のメールでの会話は2020年のクリスマスのことで、チックが好きだった絵文字に溢れたいつも通りの心温まるメッセージだった、とある。

晩年のチックと日本

2021年2月9日にチック・コリアは病のため、79歳の生涯を閉じた。訃報が日本に伝わったのは2月12日の早朝だったが、日本とのかかわりを含めて、簡単に晩年の活動を振り返ってみると、2018年12月にアルバム『トリロジー2』が国内発売され、この「トリロジー」公演が2019年3月31日札幌、4月1日幕別、4月3日三島、4月5日~8日ブルーノート東京にて行われる。5月に今度は「アコースティック・バンド」の復活ライヴ・アルバムがリリース。

そして、初秋の「東京JAZZ」のラインナップとして、その「アコースティック・バンド」(8月31日)と「エレクトリック・バンド」(9月1日)の同時出演がアナウンスされる。アルバム発売~来日公演が次々に続く、ファンにとってはなんとも慌ただしくも嬉しい1年となったが、この東京滞在時には、その後のアルバム発売や次なる日本公演の企画、2年後の80歳を寿ぐ記念イベントは誕生日当日の2021年6月12日にゲストに小曽根真さんや上原ひろみさんを迎えてのコンサートを、などといった様々なプラニングがスタッフと交わされていたのだった。

「東京JAZZ」での公演後、2019年10月に久しぶりとなる「トリロジー」でのアメリカ国内ツアーがカレッジコンサートを皮切りにスタートする。その後、ニューヨークやシカゴ7都市での公演を成功裏に収め、年が明け今度は21都市に及ぶ欧州ツアーをスタートさせた。ところが世界中を襲った折しものパンデミックと重なり、ツアーの継続がどんどん困難を極めていく。そのありさまは、例えば完売済のホール2,000席を、1席ずつ間隔をあけて1000席にして決行するなど、『トリロジー3』のCDブックレット内でクリスチャンとブライアンが物語るようにとても生々しい。2月26日にパリでスタートしたツアーは、3月8日のスペイン・マドリードを終えたところで、トランプ大統領の「渡航中のアメリカ人は3月15日までに帰国出来ない場合は、事態終息まで現地に留まらなければならない」とのジャッジで、正式にツアー中断が決まる。この時点でこれがチックの最後のツアーになるとは誰一人予想していなかった。

    

チック・コリア・トリオ『トリロジー3』

トリロジーの歩み

この稀代の名手2人=クリスチャン・マクブライトとブライアン・ブレイドを迎えたトリオ=「トリロジー」は、これまで2作のアルバム(CDにして5枚分)をリリースしている。

昨年この1と2をまとめた5枚組CDボックスと初LP化となる8枚組LPボックスセットが発売され、改めて全29曲がひとつのパッケージとして紹介された。この29曲は2010年、12年、16年の日本を含む世界各国で行われた「トリロジー」名義でのツアーで残された最良の演奏で、アルバム2作はいずれもグラミー賞を受賞している。

『トリロジー(1)』の解説でも触れられているが、チック・コリアは自らの全てのコンサートをプロフェッショナル・レベルでの録音をしており、この事はとりもなおさず、彼が行ったコンサートの内容が、商品化に足り得るクオリティで記録され保存、保管されている事を意味する。これを可能にしているのはテクノロジーの進化だけではなく、1976年のアルバム『妖精』からの付き合いとなるエンジニア&プロデュ-サーであるバーニー・カーシュ氏の存在あってのことだが、今回の『トリロジー3』もこれまで同様にバーニー氏のアーカイヴの中に残された2019~20年のツアーからのベスト・トラック8曲が選ばれた。

チックからの「ありがとう」

筆者はブルーノート東京の4日間の「トリロジー」公演をすべて聴き終えた後、自分のSNSの投稿で『ラスト・セットのエンディングが「テンパス・フュージット」〜「バルー・ボリヴァー」とバド・パウエル〜モンクだったのも感動。クリスチャン・マクブライドとブライアン・ブレイドという稀代の名手を従えたこのトリオは、天空でグルーヴしてる快感みたいな? やはり最高でした』と記した。

そうこの『トリロジー3』もエンディングは、バド・パウエルが残した名曲「テンパス・フュージット」だ。しかもこれは静岡県三島市での演奏。そして最後の最後に聴けるのはチックの「ありがとう」という日本語でのメッセージ。さて、我々はどう聴きましょう?

注:
1. 日本語解説には、オリジナルの英文ブックレットには未記載の各楽曲の収録日時と場所が記されています。クリスチャンとブライアンのコメントの日本語訳と原田和典氏による丁寧な解説付き。

2. 海外の発売はCandidレーベルから5月予定。LPも発売される予定。
3. 「チックと日本」というテーマのリファレンス本が近く刊行予定。日本を愛したチック・コリアの生涯を日本からの視点で辿る一冊になる予定です。
4.慶應大学三田キャンパスにある時計台の文字はラテン語でTEMPUS FUGIT. 「テンパス・フュージット」だそうです。(見たことないけど、、)
「時は過ぎゆく」という意味で、“Return to Forever”、“The Future is Now”、“Past, Present, Future”などなど時制に関するこだわりのあるチックにとても縁のある楽曲名です。

   

チック・コリア・トリオ『トリロジー3』

1. ハンプティ・ダンプティ
2. ウィンドウズ
3. アスク・ミー・ナウ
4. イージー・トゥ・ラヴ
5. トリンクル・ティンクル
6. スカルラッティ:ソナタ ニ短調 K. 9, L. 413: アレグロ
7. スパニッシュ・ソング
8. テンパス・フュージット