―― まずは、その新作のことを書き留める前に、この5月のzoom取材で得た材料から、彼女のバックグラウンドを紹介しよう。

「サウジアラビア生まれよ。父は外交官だった。そして、母はエコノミストみたいなことをしていて教育にも熱心で、サウジアラビアに外国人の子供が通ういい学校がないので、学校を自分で作ってしまった。そして、11歳の時に両親にとっての母国であるパキスタンに戻ったの。母はカシミールの方の出身で、父はパンジャーブの出身よ」

―― 帰国して住んだのは、現在1000万人都市であるラホール。ラホールと言えば、同地拠点のサッチャル・ジャズ・アンサンブルがNYジャズ・リンカーン・センターに招かれ、ウィントン・マルサリスら米国人奏者と共演する様を追った2015年米国ドキュメンタリー映画『ソング・オブ・ラホール』のことを思い出してしまうが。

「実はあの映画に、私はアドヴァイザーとして関わっていたの。伝統派のウィントンにしてはかなりサバけたことをしたわね」

―― 多感な時期にラホールで育った彼女は、音楽こそが1番の存在と意識して成長した。

「ラホールは“ザ・シティ・オブ・ガーデンズ”と言われるほど緑が多い土地で、様々な文化があるロマンティックな街。両親はまさにその精神を受け継いでいる人たちだった。両親は宗教にも敬虔ではなく、自由な考えを持っていたと思う。壁にカーテンがかかっているのと同じぐらい、家に音楽があるのは当たり前だった」

Arooj Aftab. Photo: Kate Sterlin / Verve Records.

―― そうした環境で彼女はパキスタンの音楽も聞いたし、当然西欧のポップ・ミュージックに親しんだ。

「母はABBAやボニーMの大ファンだった。でも、一方ではヌスラット・ファテ・アリ・ハーンももちろん聞いていた。そして、私はギターやマイクを買い、歌うようになったの。ギターを弾くようになるとコードとともにメロディーもこうして動いていくと気付くようになり、音楽に対する感覚が劇的に変わった。ベースもドラムも別々に聞こえてきて、分析し始めるようにもなった。その後、ビリー・ホリデイを初めて聞いたときにはものすごくショックを受けた。それと、ジョン・マクラフリンとザキール・フセインが組んだシャクティにも」

―― 結果、彼女は米バークリー音大に向かった。専攻はミュージック・プロダクションとエンジニアリングだった。

「それは、100%必然だった。ようやく、私はここに来ることができたという感慨を得たわね。世界中にいる音楽に魅せられた私みたいな人がここに集結していると思ったわ」

―― 2014年以降、彼女はアルバムをリリース。転機となったのはインディからリリースした2021年作『Vulture Prince』がグラミーの最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンス賞を獲得、同作はメジャーのヴァーヴから再リリースされるとともに、彼女はヴァーヴと契約する。その1作目『Love In Exile』(2023年)はキーボードのヴィジェイ・アイヤーとエレクトロニクス/ベースのシャザード・イズマイリー三者によるストーリー性あふれる大即興盤だった。そして、順調に発表される2024年新作『ナイト・レイン』は『Vulture Prince』のノリを引き継ぐ。

「『ナイト・レイン』は『Vulture Prince』に参加した人は全員入っている。そして、『Vulture Prince』以降音楽的な友情を築けたジェイムス・フランシーズやリンダ・オー、ジョエル・ロスら新しい人たちも。私は『Vulture Prince』で新しいサウンドを作ることができたと自負しているけど、それをさらに大きなものに発展させたかった」

―― 参加してるミュージシャンのなかには、なんとエルヴィス・コステロの名も。

「パンデミック中にコステロがちょっと落ち込んでる際、彼の友人が私のアルバムを送ったらしい。そしたら、英語の曲でもないし、すごくチルな感情を乱さない内容で気に入ってしまったそうの。それで彼とメールのやり取りが始まり、このレコーディング中にスタジオに来たので何かやるって聞いたら、ウーリッツァーをちょっと弾いた」

―― 今作はウルドゥー語とともに英語でも歌っている曲があるが、有名曲「枯葉」の改変されたカヴァーには驚かされる。

「あの曲好きなの。なんかスタンダードすぎてあまりカヴァーされない曲だけど、かなり前から私のレパートリーの中に入っている。私の中にあるジャズのバックグラウンドに対して敬意を払いたかったという理由もあったわね。ジャズは私が唯一ちゃんと勉強した音楽であり、自分の音楽的な核になっている部分なので」

―― 歌われる歌詞は、ラヴ・ソングながら、それらはキャンディ・ポップではない大人の言葉使いがなされるものであり、それらがウードやハープなど弦楽器も効果的に用いる潮の満ち引きのようなサウンドをとともにアフタブの神秘的な歌唱で送り出されると、彼女が月の裏側を照らし出して伝えてくれるような感覚も持ってしまう。

「前回もそうだったけど(『Love In Exile』発表にも、zoom取材をした)、あなたはかっこいい比喩をするわね。私は愛を語る際に時に、やはり普通の言い方はしたくない。オブラートに包むじゃないけれども、分からない部分を残したような愛の語り方をしたいの。英語だとチーズィて言い方をするんだど、いかにも通り一遍のものにはしたくないという気持ちが私にはいつもある」

2024年5月某日

インタビュー:佐藤英輔

通訳:丸山京子


01.  彼はこない
02.  花でなく
03.  枯葉 feat. ジェイムズ・フランシーズ
04.  話してよ feat. ムーア・マザー、ジョエル・ロス
05.  恋人 feat. ヴィジェイ・アイヤー
06.  月のように feat. コーシャス・クレイ、カーキ・キング、メイヴ・ギルクリスト
08.  ウイスキー
07.  夜の女王
09.  大地 feat. チョコレート・ジーニアス

〈パーソネル〉
アルージ・アフタブ(vo)、カーキ・キング(g, gryphon)、ヴィジェイ・アイヤー(p)、ジェイムズ・フランシーズ(juno, rhodes)、ジョエル・ロス(vib)、コーシャス・クレイ(fl)、チョコレート・ジーニアス(p, b, syn, strings)、ムーア・マザー(voice)、メイヴ・ギルクリスト(harp)、ペトロス・クランパニス(bass, p) 他