ECMのレーベル創立55周年となる2024年の12月に、東京で初のエキシビション「Ambience of ECM」が実現した。1927年に私邸として建てられた、鉄筋コンクリート造地下1階・地上3階のスパニッシュ様式の洋館、九段ハウスが会場だった。企画の段階から関わった当事者の一人として、このエキシションを振り返ってみたい。

 ECMのエキシビションは、2012年に本拠地のミュンヘンにあるハウス・デア・クンストで開催された「ECM: A Cultural Archaeology」が有名であり、記憶に新しいところでは創立50周年を記念して2019年にソウルで開催された「RE:ECM」もある。それらに匹敵するような規模の開催は難しかったが、東京ではECMの音楽を実際に聴くことにフォーカスしたリスニングのプロジェクトをメインとして「Ambience of ECM」を企画した。

 ECMは長年に渡って、音楽のジャンルやスタイルを問わず一貫したサウンドを提示してきた。アートワークも含めて一つの世界観を作り上げている。創設者でプロデューサーのマンフレート・アイヒャーは、ECMの音楽をこう説明している。

「私たちがやっている音楽を水の音楽と結びつけることが多い。大きな海が見える。とても穏やかだ。そして2分半後、波が動き出し、嵐になる。潮の満ち引きが変わる。それがECMの内部だと思う。底流や予期せぬ漂流物、さまざまな方向から吹いてくる風が連続的に動き、中心的な嵐になる。しかし、海が静かなときもある」(『Horizo​​ns Touched: The Music of ECM』より)

 研ぎ澄まされたサウンドと同じように、空間を活かす残響も大切にされたECMの音楽を、日常の時間の流れから少しだけ離れて、特別な環境で聴くシチュエーションを設けてみたい。それが、九段ハウスで「Ambience of ECM」を実現させた動機である。そして、それぞれが個性的な空間となっている各部屋に、その特性を活かしたまったく異なるリスニング環境を準備することにした。

 広々とした地下空間とその中にある金庫やボイラー室にはTAGUCHI製の無指向性スピーカーを配し、応接間と大広間にはADAM Audio製の高性能モニター、和室にはaudio-technica製のハイエンドヘッドホン、ホール空間にはGenelec製のスピーカーをそれぞれ設置した。石造りの地下は独特の反響そのものを最大限に活かした。木造のホールにはカーペットを敷いて、座った位置で適正なリスニングポイントを設定した。応接間は小型モニターだけでくつろげる空間を作り、ちゃぶ台と小机を置いた和室では畳に座して一人で集中して音に向かい合えるようにした。

また、ECMから送られてきた貴重なコンサート・ポスターやアルバム・リリース時のポスター、アーティストのポートレイトの展示が、これらのリスニング環境を彩った。そして、5組のセレクター(岡田拓郎、岸田繁、原雅明、三浦透子、SHeLTeR ECM FIELD (Yoshio + Keisei))が選曲したECMの音楽のみのプレイリストが、Qobuzの高音質のストリーミングで連続再生された。

 実際に、各環境で聴いたECMの音楽は、予想を遥かに超える驚きをもたらした。良いサウンド・システムを入れたミュージック・バーでかけられたECMのレコードがBGMとはならず、息をのんで聴き入ってしまったことはあった。だが、九段ハウスでのリスニングは、鳴りと響きの素晴しさに、その場にいた者同士で思わずほくそ笑むような体験だった。録音作品として残されたECMの音楽に秘められたものがまざまざと表れてきたからだ。録音の良さのみならず、記録された音楽のディテイルにも新たな気づきがあった。関係者を招いたレセプションにおける岸田繁氏とのトークでは、音楽制作や録音の精度だけではなく、聴く環境への配慮や想像力を今後、如何に育んでいけるのかが浮き彫りになったが、「Ambience of ECM」はその契機の一つになったと思う。

 リスニングを楽しんでもらう趣旨で企画されたので、一般的なエキシビションとは異なり、一人の滞在時間が長くなることを想定した。そのために時間と空間に余裕を持たせる配慮をして予約制としたが、限られた開催期間のため、予約はすぐに埋まってしまった。今回の「Ambience of ECM」は、より多くの人に足を運んでもらうことができるほどのキャパシティも、時間も取れなかった。だが、今春5月に京都においても開催されることが決まっている。詳細のアナウンスはもう少し先になるが、この特別なエキシビションが、新たな場所で展開されることにも意義を感じている。

Ambience of ECM @KYOTO
2025年5月8日(木)~11日(日)

「Ambience of ECM」の開催にご尽力いただいた関係者の皆様に、この場を借りて感謝申し上げます。

Ambience of ECM at kudan house
2024年12月13日(金)~21日(土)

主催:東邦レオ
企画:石井りか、原雅明、玉井裕規
選曲:岡田拓郎、岸田繁、原雅明、三浦透子、SHeLTeR ECM FIELD (Yoshio + Keisei)
プレイリスト公開URL: 
岡田拓郎
https://play.qobuz.com/playlist/26755879
岸田 繁
https://play.qobuz.com/playlist/26925651
原 雅明
https://play.qobuz.com/playlist/26755947
三浦透子
https://play.qobuz.com/playlist/26925617
SHeLTeR ECM FIELD (Yoshio + Keisei)
https://play.qobuz.com/playlist/26715607

レセプションTALK:岸田繁・原雅明
レセプションDJ:DJ KENSEI
協賛:ユニバーサルミュージック合同会社
協力:株式会社ジェネレックジャパン、ADAM Audio、Audio-Technica、Oshima Pros、Qobuz、WHITELIGHT
企画協力:dublab.jp / epigram inc.


Photo:Mitsuru Nishimura