そして6月26日には、約 6 年ぶりに『BLUE GIANT』関連のコンピレーション・アルバムがリリースされた。タイトルは『BLUE GIANT MOMENTUM』。宮本大が NY で出会う“ジャズの多様性”にフォーカスし、1950年代から2024年にかけて制作されたナンバーから計13トラックが収められている。冒頭を飾る「MOMENTUM」は、大がアメリカで結成したバンドのために旧友のピアニスト“沢辺雪祈”が書いたオリジナル曲。それを“Z世代ジャズの旗手”との声も高いピアニストのジュリアス・ロドリゲスがプレイしているのも大きなセールス・ポイントだ。

「あなたとジャズが出会う場所」というキャッチフレーズの新サイト「Everything Jazz」では、その第1回目として、『BLUE GIANT』シリーズの作者であり、コンピレーション・アルバムの選曲に携わった石塚真一氏にインタビュー。『BLUE GIANT MOMENTUM』の漫画・アルバム双方に関するエピソードや、ジャズへの思いについてじっくりと語っていただいた。

石塚真一 Photo: Masanori Doi

—  『BLUE GIANT MOMENTUM』は、2018年の『BLUE GIANT SUPREME』以来、約6年ぶりとなるBLUE GIANT関連のコンピレーション・アルバムです。この作品の選曲コンセプトについて教えていただけますか?

“ジャズの多様性”というコンセプトのもとに、担当ディレクターの方と一緒に楽曲を選びました。彼は映画『BLUE GIANT』の制作のときにも僕とミュージシャンの間に立ってくれましたし、音楽の好みも似ているのか、選曲面においてもハレーションを起こすことがありません。コンピレーションを組んでいく上ではやっぱり、キャッチーな曲というか、アイコンになる曲が重要だと思います。ジャズの定義は本当に幅広くて、人によってとらえ方も異なると思いますが、僕は、覚えられるようなテーマ・メロディを持つ曲が好きですね。

— 以前のコンピレーションよりも、現役ミュージシャンの楽曲の割合が多めになったようにも感じられます。

「今のジャズもパッケージしたい」という気持ちがありました。ポール・チェンバースやジョン・コルトレーンの演奏に混じって、サマラ・ジョイやUKのサンズ・オブ・ケメットの楽曲が入っているのも特徴ですね。現役ミュージシャンたちの音楽は非常に重要だと、僕は感じています。ジャズは本当に世界の音楽で、主人公の宮本大も世界を回って、いろんなジャズに触れてきました。より広い視野で、さまざまなジャズを収めたいという気持ちがこめられた内容になっていると思います。

— オープニングを飾るのは、このプロジェクトのために録りおろされたオリジナル・ナンバー「MOMENTUM」です。アルバムに先立って2月に配信された音源とミュージック・ビデオも、話題を集めてきました。

漫画の中で主人公の宮本大たちが沢辺雪折の楽曲を演奏するシーンがあるのですが、それがこの「MOMENTUM」です。レコーディングは、ジュリアス・ロドリゲスのピアノとサックスのエミリオ・モデストをフィーチャーして行われました。「MOMENTUM」は登場人物が、これからニューヨークのジャズ・シーンに挑んでいくというところで演奏される曲です。本当に「MOMENTUM」という言葉通りの、とても勢いや推進力のある曲、演奏になったと思っています。漫画とオリジナル・ナンバーが同時進行するのは僕にとって初めての体験で、聴いていて本当に嬉しくなりますね。

— コンピレーションに収められている他の12曲の中で、最も印象深いものは?

ロイ・ハーグローヴの「ストラスブール/サン・ドニ」です。好きなミュージシャンのひとりですし、この楽曲に関しては、もうクラシック(古典)になっているんじゃないかという気がします。本当に親しみやすい、みんなが演奏したくなるような曲のひとつを彼が作ってくれたわけですから。

— YouTubeを開くと、数えきれないほどのアマチュアや若手が「ストラスブール/サン・ドニ」をカヴァーしている動画を見ることができますが、「MOMENTUM」もすでに何組かの気鋭にカヴァーされていますね。

それは漫画家としても幸せなことです。映画で使われた曲よりもシンプルな構成になっている楽曲だと思いますし、より演奏してもらいやすいかもしれません。僕は「演奏してみた」や「歌ってみた」のような動画が好きです。楽曲が波及して、みんなで盛り上がってくれたら、と心から思います。

— 『BLUE GIANT MOMENTUM』に入っている「MOMENTUM」を聴いて、ダイ・ミヤモト・モメンタム(宮本大率いるカルテット)の大、アントニオ・ソト、ジョー、ゾッドの姿を重ね合わせるひとも多いと思います。サックスが主役で突っ走る感じではなくて、メンバー4人が互いの個性を出しながらゴールに向かっていく感じです。

リーダーだけじゃなくて、「メンバーみんなが強い」というのがジャズでは重要なことなのではないかと、最近「ニューヨーク編」を描くにあたってより思うようになってきました。この気持ちは、今後の漫画にも反映されていくと思います。実はまだダイ・ミヤモト・モメンタムの宮本大以外のメンバーの内面は明かされていなくて、今のところはキャラクターの表現段階に、すごく差があるんです。これからは「主人公と3人」という関係を解き放って、全員をもっと深く描いていきたい。それぞれを打ち出すことで、その人が鳴らしている音楽がより想像できるようになるでしょうし。

石塚真一 Photo: Masanori Doi

— 石塚先生が、初めてジャズを意識したきっかけは?

友達がソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』を持っていたんです。シルエットのジャケットがとても印象的だったので、かけてもらったら、初めて聴くような音楽だったのに、「これは楽譜にとらわれずに演奏しているんだ」とわかったんです。その自由さに惹かれて、一気にジャズを好きになったのが20歳の頃ですね。以前から音楽はよく聴いていて、クラシックも好きでしたし、ポップスのバンドでギターを弾いたり、フォークソングをやっていたこともありますが、『サキソフォン・コロッサス』を聴いたときの「ジャズってすごいな」という思いは格別でした。

テナー・サックスを吹いている友達がいて、「いいな」と思って、僕も楽器屋さんからテナーを借りて、教則本を見ながら練習を始めました。その教則本で推薦されているアルバムを全部片っ端から聴いていくうちに、ジャズの世界がさらに広がって、今度はピアニストにも関心がいき、ドラマーにも「こんな人がいるんだ」と気づいて・・・そうすると無限です(笑)。みんなスタイルが異なるのが本当に面白いと思いました。それまで、違うひとたちのスタイルを感じながら聴くということはなかったので。

アメリカのサンノゼにある大学に通っていた時は、「ジャズの歴史」のようなクラスも取りました。その先生は、ジャズ史と共に、ミュージシャンのいろんなエピソードを教えてくれるひとでした。レスター・ヤングとビリー・ホリデイの共演したビデオを見せて、「このふたりは恋仲だったのかもしれない。レスターが演奏しているときのビリーの笑顔はちょっと違うんだ」とか、「マイルス・デイヴィスは本当に笑わないひとだけど、1枚だけ笑顔のジャケット写真があるんだよ」とか。いろんなウンチクが楽しくて、「ジャズって結局、人間なんだな」と教わりました。この時期、大学の授業で受けた経験は漫画づくりに大きくつながっていると思います。

— ジャズの漫画に取り組もうと思った動機は何ですか?

ブルーノート・レーベルの写真集に出会ったことが大きかったと思います。

— フランシス・ウルフが撮影したものですね。基本、二眼レフで撮られた正方形の・・・

マイルス・デイヴィス. Photo: Francis Wolff / Blue Note Records.

人間と楽器が映っているだけの写真かもしれませんが、本当に衝撃を受けました。なんというか、伝わってくるもの、グッとくるものがものすごくたくさんある。「漫画で表現したらどうなるんだろう? もしかしたらいけるんじゃないか?」と思ったのはその写真集を見てからです。楽器で顔がちょっと隠れているような構図も、またかっこいいんです。

— 『BLUE GIANT』シリーズの主人公をテナー・サックス奏者にした理由は何でしょうか?

最初はトランペッターがいいのかなと思っていました。華がありますし・・・・。

石塚真一 Photo: Masanori Doi

— トランペッターが主人公となった場合、どんな物語になったか、それはそれで大変興味をそそります。

僕はクリフォード・ブラウンが大好きなんです。「匠の技」という感じで、本当に心に伝わってくる演奏をしますからね。

ディジー・ガレスピーも、ウィントン・マルサリスも、ニコラス・ペイトンも素晴らしいと思います。今回のコンピレーションでは「ザ・スリー・トランペッティアーズ」が特にトランペット好きにはお勧めだと思います(ニコラス、ウィントン、ロイ・ハーグローヴの共演)。

でも、ジャズならではの楽器というと、やはりサックスになると思うんです。クラシックのオーケストラでは主役という感じではないけれど、ジャズでは光り輝く。それに僕はテナー・サックスの形状が好きです。ネックが1回曲がっているところ、あそこが本当に単純に、かっこいい。それに、大学時代の話に戻りますが、学校に入っていたコーヒー店の名前が「ジャズランド・コーヒー」といって、そのロゴのJのところがテナー・サックスのイラストでした。

— それはインパクトがありますね。

「もしジャズを漫画にするときは、主人公はテナー吹きしかないな」と、考えが固まっていきました。テナーの音色も本当に好きですよ。大きくて、存在感があって・・・・

石塚真一  Photo: Masanori Doi

— 執筆でお忙しい中、新たなジャズ・ミュージシャンに関する情報をどのように入手なさっているのでしょうか?

いろんなところから聞こえてくる情報を基にチェックする感じですが、同時に「ジャズファンの入口でいようかな」という気持ちも、ずっと持っています。思い出すのは、数年前に青森県の弘前市に行ったときのことです。相当お年を召した方が店主のジャズバーで、僕はジョー・ヘンダーソンのレコードをリクエストしたんですが、その後、「最近買ったこれがすごいんだよ」と、店主の方がかけてくれたのが、ロバート・グラスパーの当時出たばかりの『ブラック・レディオ2』。こうしたベテランの方でもアップデートしている、すごいなと感じました。

僕が最近いいなと思っているのは、サックス奏者ではパトリック・バートリーとイマニュエル・ウィルキンス。聴いていて、すごく「今」を感じますね。ほかにはスタンリー・クラークと共演しているジョージア出身のピアニスト、ベカ・ゴチアシュヴィリも好きです。数えきれないほどいいミュージシャンがいると思いますので、もっともっと探求していきたいですね。

— 石塚先生の考えるジャズの魅力とは?

先ほどお話しした大学の先生の言葉じゃないですが、ジャズはやっぱり「人間がやっている」ということがすごく出る音楽ですし、そこが僕には気持ちいい。みんなバラバラの人が集まって、グループを作って、個性を出してゆく。それを楽しめるのがジャズの魅力だと思います。