「半年間にわたるレコーディングを通じて、ピアノを弾くということがいかに私にとって特別な“ご褒美の時間”であるかがわかりました」

ニュー・アルバムをリリースし、世界のステージで演奏し、作編曲や執筆を続け、常に第一線に立つ・・・・その継続がいかにすごいことか。ピアニスト、山中千尋が通算26枚目となる新作『Carry On』を発表した。タイトルは“続けていく”という意味。本年生誕100年を迎えたピアニストのバド・パウエルと作曲家ヘンリー・マンシーニの楽曲を中心に、書きおろしのオリジナル・ナンバー等を交えつつ、自身の最新の音世界を繰り広げるニューヨーク・レコーディングだ。

「最初は全編バド・パウエル作品集にすることも考えましたが、それならプレイリストやコンピレーションでパウエル本人の演奏を聴いたほうが良い。より自分らしさを打ち出すアルバムにしたいと考えた結果、この構成になりました。パウエルはモダン・ジャズのピアノ・トリオのフォーマットを作ったひとりです。まるでピアノに火を付けるようなアグレッシヴな演奏をするとともに、声を出しながら歌を歌うように、彼にしか奏でることのできないメロディアスでアプローチもします。作曲家としてもセロニアス・モンク同様、非常に個性的ですし、この(作曲の)型を踏襲している方はいらっしゃらないのではないかと思います」

「私はイリアーヌが演奏する”Hallucinations”(アルバム『クロスカレンツ』)やジェリ・アレンが演奏する”Oblivion”(アルバム『イン・ザ・イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』)を通じてパウエルの曲作りに関心を持ち、晩年の演奏も含めて聴くようになりました」

映画『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーンがギター片手に歌っていた「Moon River」も、新鮮なハーモニーと多層的でリズムによって“山中千尋の音楽”となった。

「ヘンリー・マンシーニは音で物語を語ることができる稀有な作家です。”Moon River”はトライアド(三和音)から始まって主音で終わるという、非常になじみやすい曲です。“あなたと一緒にどこまでも行こう”という歌詞がありますが、詳しい方にうかがったところ、 “あなた”という二人称はミシシッピ河のことを示しているそうです。そして、その河は時代や社会の比喩でもある。私はトルーマン・カポーティの原作を読みましたが、映画版とは異なるストーリーだと感じました。風刺的であったり、非常に悲観的な部分もあるし、ダークなユーモアもあるし・・・・そういった要素をこめて私は”Moon River”をアレンジしました。どこにも解決しない、どこにも流れていかない。テクニックで言いますと、パラレル・コードを使っています。ベースのフレーズが変わることによって、そのパラレル・コードがメジャーのキーにもマイナーのキーにも聴こえるようにしたいと思いました」

録音メンバーは、十数年間続いているヨシ・ワキ(b)、ジョン・デイヴィス(ds)とのニューヨーク・トリオが軸。曲によってラッセル・カーターがデイヴィスに替わる。

「ヨシさんは非常に柔軟なスタイルの持ち主で、どんな曲を弾くにしても、必ずちゃんと骨組みになるような場所にきちんといる。私にとってとても信頼できるベーシストです。ラッセルは、サマラ・ジョイなどいろんなアーティストと演奏してきたニューヨークの中堅ドラマーです。(レギュラー・ドラマーの)ジョン・デイヴィスがロサンゼルスに住んでいることもあり、ヨシさんの推薦で参加してもらいました。ジャズのバンドはドラムとベースの相性がとても重要なので、たとえばドラマーを探している場合は“ベーシストがドラマーを選ぶ”ことがマナーです。おかげさまでこのトリオは15年もの間バンドとして続いています。私のイメージとしては、ジョンはコンテンポラリー、ラッセルはスウィング・オリエンテッドな感じです」

山中自身のオリジナル・ナンバーも趣向に富んでおり、曲想の違いはもちろん、ふたりのドラマーの持ち味の違い、ベースとのコンビネーションも含めて、聴きどころが尽きない。

「タイトル曲の”Carry On”は、今回が26枚目のアルバムということで、クオーター(25)という節目を終えて、新たなフェーズに入るという決意を込めて書きました。途中に3拍子が出てきますが、最初はこの部分がメインテーマだったんです。私がこれまで学んできたのは、グルーヴが音楽の心臓であるということ。シンプルなグルーヴを出す曲を書きました」

「”The Horizon”はブラジル音楽の影響を受けています。ブラジル音楽は非常にフローティングするというか、変化していくコード進行が特徴的です。暗いところから夜が明けていくと、やがて太陽と水平線と空の境界がなくなっていく。それは毎日見られる幸せでもあるし・・・。いわゆる情景描写ですね。私は映画音楽を書いたことはないですけど、何か一つの情景を音で表現したかったという気持ちはありました」

「”Stride”はフリー・ブルースです。コード(和音)進行には縛りがありますが、曲の中で互いが好きなテンポ、好きな音で歩き回り、ある地点に達すると戻ってくる。それぞれがビートやグルーヴを作っていける曲です」

10月10日からは、ニューヨーク・トリオによる全国ツアーも開始される。『Carry On』を聴いてからライヴに行くか、ライヴに行ってから『Carry On』を聴くか。どちらにしてもエキサイティングな体験ができることは間違いない。

   

■リリース情報

山中千尋 ニュー・アルバム『Carry On』
2024年10月9日発売
【通常盤】UCCJ-2237 SHM-CD ¥3,300(税込)
【限定盤】UCCJ-9249 UHQ-CD ¥4,400(税込)

収録内容:
01. Carry On (Chihiro Yamanaka)
02. Moon River (Henry Mancini)
03. Tempus Fugit (Bud Powell)
04. Ai Shiteru, Ai Shitenai (Ryuichi Sakamoto)
05. Hallucinations (Bud Powell)
06. The Horizon (Chihiro Yamanaka)
07. Un Poco Loco (Bud Powell)
08. Sunflower (Henry Mancini)
09. Stride (Chihiro Yamanaka)
10. Oblivion (Bud Powell)
11. Kanashimi No Lucky Star (Haruomi Hosono) ※限定盤のみ収録のボーナス・トラック

パーソネル:
Chihiro Yamanaka: Piano, Keyboards
Yoshi Waki: Bass
John Davis: Drums (on 2,3,4,6,7,8,11)
Russell Carter: Drums (on 1,5,9,10)
プロデュース:山中千尋
マスタリング:グレッグ・カルビ

    

2024『Carry On』ツアー

10/10 富山オーバードホール中ホール
10/11 ブルーノート東京
10/12 ブルーノート東京
10/13 カルッツ川崎
10/14 ビルボードライブ大阪
10/15 名古屋スターアイズ
10/19 水戸 ザ・ヒロサワ・シティ会館
10/25 宮崎・延岡・延岡総合文化センター野口遵記念館ホール
11/2  金沢 もっきりや
11/3  鈴鹿 どじはうす
11/4  京都 亀岡ジャズフェスティバル 
11/9  東大和市民会館ハミングホール
11/16 静岡市清水文化会館マリナート
11/17 京都 ボンズロザリー
11/24 岐阜・大垣市 日本昭和音楽村
11/30 埼玉・神川町中央公民館ホール
12/7  札幌シティジャズ
12/15 静岡・焼津 大井川文化会館
12/21 名古屋 緑文化小劇場
12/22 群馬・桐生ビレッジ
12/26 東京コットンクラブ