ブルーノート・レコードの創設者であるアルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフにより築かれたビ・バップ、ハード・バップ、ポスト・バップ、フリー・ジャズのジャズ黄金期から、ジョージ・バトラーが指揮を執ったジャズ・ファンクやフュージョンの時代まで、ブルーノートはその豊かな遺産を守りながら、常にジャズの最先端を走り続けてきた。

ブルーノート・レコードの未来は、1984年にレーベルを復活させ、約四半世紀に渡りブルーノート・レコードの舵取りをして来たブルース・ランドヴァルの後を継ぎ、社長に就任したドン・ウォズの肩にかかっている。

ザ・ローリング・ストーンズのアルバム・プロデューサーとして、ミュータント・ディスコ・グループ=ウォズ(ノット・ウォズ)のメンバーとして知られるドン・ウォズが、ブルーノート・レコードの社長に就任したのは彼が意図して望んだのではなく、むしろ偶然だった。「私がニューヨークにいた時、LAのラジオで聴いたことがあったグレゴリー・ポーターっていう歌手がクラブ・スモークに出演するって記事をヴィレッジ・ヴォイス誌で見たんだ」と、ユニバーサル・ジャズの地下スタジオで彼は語った。「翌朝、私は旧友のダン・マッカロール(ブルーノート・レコードを傘下に収めるキャピトル・レコードの社長)と朝食をとっていた。私は彼に『昨夜観たこの男と契約すべきだ』と言ったんだ。ダンは私の方を見てこう言ったんだよ。『いや、君が契約すべきだ』ってね」

偉大な前任者ブルース・ランドヴァルからブルーノート・レコードを引き継いだドン・ウォズは、最も勢いのあるコンテンポラリー・ジャズを推進させていった。2012年の就任初頭から、グレゴリー・ポーターとネオ・ソウル・ジャズ・アーティストのホセ・ジェイムズとレーベル契約を結び、アルト・サックス奏者のイマニュエル・ウィルキンスやヴィブラフォン奏者のジョエル・ロスといったアメリカン・ジャズの最先端アーティストたちと次々と契約、ウォズはジャズの未来を見つけるため、常に耳を傾けてきた。

多面的に見て、彼はデジタルな現代社会を上手くナビゲートするブルーノート・レコードの社長というよりは、昔ながらのA&Rマンであり、ブルーノート・レコードの熱烈なファンという表現がピッタリだ。「私は1966年からブルーノートのレコードを集めてきた」と彼は言う。「私が最初にしなければならなかった事のひとつは、50年も60年も前のレコードが、なぜ今の時代でも精彩を放ち、生き生きとしているのかを解明することだった」

ブルーノート本社に着いた初日、彼は1939年に創設者たちが書いたマニフェストを見せられたという。「そのマニフェストには、ブルーノート・レコードは本物の音楽を追求し、アーティストに妥協のない創作の自由を与えなければならない、と書いてあったんだ」とウォズは言う。また彼は、レーベルの歴史に共通する要素を発見した。「どの時代においても、ブルーノート・レコードと契約したアーティストたちは、古典音楽の基礎をしっかり学習してきた人たちだった。しかし彼らはそこに留まるのではなく、その知識を活用して全く新しいものを生み出すことができる人たちだったんだ」と彼は言う。

スタジオでのドン・ウォズ。 Photo: Miriam Santos/Blue Note Records.

ファンの一人としてブルーノート・レコードにやって来たミュージシャン兼プロデューサーのドン・ウォズは、すぐに独自のやり方を適用させていった。「私は40年間ずっとレコード・プロデューサーで、アーティストのヴィジョンを見抜き、それを実現する手助けをするというやり方をとってきた。だからそれをレーベルにも適用したんだ」と彼は言う。「マニフェストも本当に信じている。私が忠実に守っているのは、ブルーノート・レコードのヴァイブと精神さ。趣味性の高いニッチな音楽レーベルをあらゆるプレッシャーを跳ね除けながら運営していくには、それを貫くのが重要なんだ」

レーベルの歴史の中でジャズには多くの革命と進化があったが、今日のジャズの役割とは何なのか、そしてどうやってブルーノート・レコードを常に前進させているのか?「我々には実に多様なメンバーがいて、全員がそれぞれのやり方でジャズを前進させているんだ。」とウォズは答える。「時代を特徴づけるのはひとつのムーブメントだけじゃないんだ。すべてが織り合わさって、全員が新しいやり方を編み出している。そうして前進していくのを見るのは本当にワクワクするね」

ブルーノート創立85周年記念の一環として、アメリカン・ジャズの新鋭たちが今年35日間のツアーを行った。ブルーノート・クインテットを率いるのは、音楽監督のピアニスト、ジェラルド・クレイトンと、ブルーノートの偉大な伝統を受け継ぎ、定期的にお互いのアルバムに参加しているイマニュエル・ウィルキンスとジョエル・ロス。

クインテットは、ベーシストのマット・ブリュワーと、ブルーノート・レコードで最もエキサイティングな新人で、昨年テナー・サックス奏者のウォルター・スミス3世を迎えたアルバムを2枚リリースしたドラマー、ケンドリック・スコットによって完成される。「単にブルーノートを懐かしむという事ではないんだ。彼らはブルーノートの魂とエスプリを継承しながら、先鋭的なことをやっている」とウォズは言う。「彼らはブルーノート85周年記念にリリースされる20枚のアルバムのうちの1枚を今年リリースする予定だ。そして、私はこのラインナップを、ブルーノートの歴史のどの年と比べても遜色のないものだと思っている」

ドン・ウォズは、ジャズの強みは絶えず進化し続ける能力にあると強く信じている。「ブルーノートには、停滞している人はいない」と彼は言う。「例えばチャールス・ロイドさ。彼は86歳にして彼のキャリアの中で最高のレコードを作っている、と私は思う。音楽に対する彼のアプローチは常に上昇していて、常に進化している。23歳の若造じゃなくて86歳にして、だ。これが音楽の素晴らしさだ。探求に終わりはないんだ」

1960年代、ドン・ウォズが10代の音楽ファンだった頃、ジョー・ヘンダーソンのアルバム『モード・フォー・ジョー』を聴き、ブルーノート・レコードの凄さを発見した。「ブルーノートの凄さとは、聴く者とコミュニケーションを取り、聴く者の心の中に入り込み、自分の人生や身の回りで起こっていることを理解するのに役立つ何かを感じさせることだと思う」と彼は言う。

90年代初頭、ヒップホップ・アーティストたちにサンプリングされたブルーノート音源をコンパイルした『ブルー・ブレイク・ビーツ』や近年リリースされた『ブルーノート・リイマジンド』など、レーベルは常に次世代と継続的に繋がってきた。それは85周年を記念して編集されたブルーノートのSpotifyプレイリストにも反映されている。このプレイリストには、ロバート・グラスパー、マカヤ・マクレイヴン、ミシェル・ンデゲオチェロ、コーシャス・クレイのような境界を押し広げるアーティストが登場し、ドン・ウォズ在任期を象徴する多彩なラインナップになっている。

彼が社長に就任して以来、ドン・ウォズが愛してやまないアナログ・レコードが復活している。「ターンテーブルから流れるジャズの音は、まず素晴らしい。音に暖かみを感じるんだ」と語る彼。「そして、物理的にジャケットを持ったり、レコードが回っているのを見たりしながら聴いたり出来る。デジタルファイルやCDでは出来ないことだ。そして最後に、レコードが家の中でどういう見え方をするかって事だよ。家のレコード・コレクションを見せれば、私はこんな音楽を聴いてるんだぜ!って簡単に主張できるだろ?」

ブルーノートのレコード・リイシューで頂点に君臨するのは、オリジナル・テープからリマスタリングされたシリーズ『Tone Poet』であろう。「保管庫に入ってアナログ・テープの箱を見ると、本当に涙が出そうになる」とウォズ。「『モード・フォー・ジョー』のマスターテープを聴いた時、サウンドが本当にリアルでまるで同じ部屋にミュージシャンがいる様に感じたんだ。聴いていて胸が詰まるほど感動したんだ。この体験を多くの人とシェアしたいって思ったんだ」

このシリーズは、「トーン・ポエット(トーンの詩人)」の愛称で知られるジョー・ハーレイが、ミュージック・マターズというシリーズでブルーノート名作の高音質アナログ再発を長年担当していたことに対してドン・ウォズが賞賛したことから始まった。フランシス・ウルフの象徴的な写真をフィーチャーした重厚な見開きジャケット(彼の写真は85周年記念の一環として、限定版のコレクターズ・シリーズでも発売されている)、レコード・テクノロジー社による180gの重量オーディオ・ファイルLPプレス、コーヒアレント・オーディオ社のケヴィン・グレイによるオリジナル・テープからのダイレクト・マスタリングなど、高次元のレベルを実現したアナログ盤再発だ。

ブルーノート・レコードは85周年にTone Poetの再発を25枚、Classic Vinylシリーズの再発25枚のリリースを予定している。一方ドン・ウォズにとってSpotyfyで新しい音楽を探す事も日常的なものとなっている。「街のレコード店に行って、ディグるのも大好きなんだ。でも1箇所に100万枚もの音源があるって言うのも魅力的だよね。」とウォズは言う。「私は常に音楽を聴いているし、誰も教えてくれなかった音楽を見つけたときの喜びほど素晴らしいものはない。それをみんなと分かち合うことができるんだからね」

ある意味、これこそブルーノートが結成当初から目指して来たものなのだ。「アルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフの2人の若者がベルリンからニューヨークに来た時、彼らはただ音楽の側にいたかった。ブルーノートのセッションを始めたとき、彼らはビジネスとしてやっていたのではなく、シーンの側に居たかったからなんだ」とウォズは言う。「もちろん、彼らはジャズ界に多大な影響を与えた。でも、彼らはただのジャズ・ファンだったんだよ。私みたいにね」


アンディ・トーマスはロンドンを拠点に活動するライター『Straight No Chaser』、『Wax Poetics』、『We Jazz』、『Red Bull Music Academy』、『Bandcamp Daily』に定期的に寄稿している。また、Strut、Soul Jazz、Brownswood Recordingsのライナーノーツも執筆している。


ヘッダー画像: ドン・ウォズ。Photo: Myriam Santos / Blue Note Records.