ジョージ・ベンソン『ブリージン』、ウェザー・リポート『バードランド』のリリースよりも 10 年ほど前に、別のカテゴリーのフュージョン・ミュージックが商業的な成功をおさめ、グラミー賞を受賞していた。しかし「イパネマの娘」という楽曲、そして『ゲッツ/ジルベルト』というアルバム (1964年3月初旬にリリースされ、テナー・サックス奏者のスタン・ゲッツと、ジョアン&アストラッド・ジルベルトという夫婦にちなんで名付けられた) を調べれば調べるほど、その成功は必然であるように思われる。

まず、ゲッツとアルバム収録曲の主な作曲家兼ピアニストだったアントニオ・カルロス・ジョビンとの間柄は、とても良好なものだった。2人はほぼ同い年で、生まれた日もわずか8日違いであった。ジョビンにとってゲッツは、典型的な西海岸のクール・ジャズ奏者であり、レスター・ヤング、ジェリー・マリガン、チェット・ベイカーといったボサ・ノヴァの影響との重要なつながりが存在していた。

さらに、ボサ・ノヴァとウェスト・コースト・ジャズの双方でビーチが大きな役割を果たしているという興味深い側面もあった。前者はリオのイパネマ・ビーチを拠点としており(ジョビンはそこから歩いて数分のところに住んでいた)、後者はロサンゼルス近郊のヘモサ・ビーチにあるザ・ライトハウスと呼ばれるクラブを活動の中心としていた。

ゲッツのテナーの音色は全体を通して柔らかで愛らしいが、特に「イパネマの娘」、「ソ・ダンソ・サンバ」、そして「コルコバード」では力強い演奏が光り輝き、ドラマーのロイ・ヘインズを擁するタイトなリズム隊と共にツアーやレコーディングを行っていた頃を思い起こさせる。

もうひとつの重要な要素は、ヴァーヴのハウス・プロデューサー、クリード・テイラーの安定した手腕だった。彼は1962年には既に『ジャズ・サンバ』と『ビッグ・バンド・ボサ・ノヴァ』という2枚のヒット・アルバムをゲッツへもたらしていた。テイラーはエンジニアのフィル・ラモーンと共に、『ゲッツ/ジルベルト』でボッサとジャズの要素を完璧に融合し、どちらのスタイルも薄められず存在できることを証明したのだ。

テイラーは、1963年3月18日と19日にニューヨーク市のCBS 30番街スタジオで録音されたこのアルバムが、特にジョビンの参加により大ヒット作になると確信していたが、後にマイケル・ジャレットの著書『Pressed For All Time』の中で、ジルベルト一家が出演に非常に神経質になっていたことを明かし、「彼女たちはホテルにこもって、出てこなかった。 スタンの妻、モニカ・ゲッツがスタジオまで連れて行ったんだ」と語っている。

「イパネマの娘」のポルトガル語の歌詞を書いたのはブラジルの詩人で劇作家のヴィニシウス・ヂ・モライスだが、物議を醸した冒頭の「背が高くて日焼けした」(tall and tan)を含む英語の歌詞を書いたのはノーマン・ギンベルだった(ポルトガル語の歌詞では、最初の行に5つの音節を含んでいる)。

アストラッドは、その場で「彼女はまっすぐ前を見て、私を見ない」(she looks straight ahead, not at me)という歌詞を挿入したと伝えられている(エラ・フィッツジェラルドを含む多くの女性歌手が「イパネマの少年」としてこの曲をカヴァーしている)。にもかかわらず、ジーン・リースの著書『The Singers And The Song II』によると、アストラッドは「イパネマの娘」のセッションで一銭も受け取らず、ゲッツも後に彼女が演奏料を受け取らないように強く働きかけ、実際その通りになった。

スタン・ゲッツ(1950年代頃) Photo: CEA/Cache Agency

『ゲッツ/ジルベルト』は商業的にも批評的にも大ヒットし、1965年のグラミー賞で年間最優秀アルバム賞を受賞した。ジャズ・ミュージシャンがこの賞を獲得したのは初めてのことであった。楽曲「イパネマの娘」も年間最優秀レコード賞を受賞した。60年経った今でも、きらめく夏の音楽の至福をこれよりよく表現した曲を思い浮かべるのは難しいだろう。

テイラーが耳にしてすぐに気に入った1963年5月に録音されたジョビンのアルバム『イパネマの娘』(原題:Composer of Desafinado Plays)は、ヴァーヴにとってまたしても大きなボサ・ノヴァ・ヒットを生み出した。テイラーは、1960 年代後半に急成長中していた自身のレーベル 、CTI にもジョビンを招いている。

一方ゲッツは、その後のアルバム『スウィート・レイン』、『キャプテン・マーベル」(どちらもチック・コリアをフィーチャーしている)でラテンのリズムを少しだけ取り入れたが、1972年から1991年に亡くなるまでの作品ではほとんど触れることはなかった。おそらく彼は、『ゲッツ/ジルベルト』を超えることは決してできないと分かっていたのだろう。


マット・フィリップスはロンドンを拠点とするライター兼ミュージシャンで、彼の作品はJazzwiseClassic PopRecord CollectorThe Oldieに掲載されている。『John McLaughlin: From Miles & Mahavishnu To The 4th Dimension』の著者でもある。


ヘッダー画像: アストラッド・ジルベルト Photo: Metro-Goldwyn-Mayer/Getty Images.