ニューヨーク・タイムズ紙で「同世代で最も影響力のあるトランペット奏者」と評されたハーグローヴは、ジャズ界に深い空白を残したが、指導者としても音楽の面でも、並外れた遺産を残してくれた。悲しいことに彼は2018年、わずか49歳でこの世を去った。

 ハーグローヴの熱狂的なファンは、彼の洗練された、それでいて親しみやすいクインテットが大好きで、ニューヨークにあるザ・ジャズ・ギャラリーで毎月開催されるレジデンシー・コミッション枠を務める豪華で光り輝くビッグ・バンドに夢中になった。ジャズにソウル、ヒップホップ、ファンクを融合させたバンド、RHファクターに惹かれた人も多い。しかし、クリソルのサウンド、エネルギー、自由さには特別な何かがあった。そして今、彼の55歳の誕生日の2日後に、26年前の録音を発掘しリリースされたこの作品『グランド・テール』で、私たちはさらにその音楽を聴くことができるのだ。

 ハーグローヴは1990年代後半にスペイン語で「るつぼ」を意味するクリソルを結成し、1997年にヴァーヴから初のレコーディング作品『ハバナ』をリリースした。複雑なアフロ・キューバンのリズム、ネオ・バップ、プログレッシヴ・ジャズを見事に多面的に融合させたこのアルバムは、グラミー賞の最優秀ラテン・ジャズ・パフォーマンス賞を受賞した。その直後、ハーグローヴはカリブ海のスタジオでクリソルをマイナーチェンジしたメンバーで再結成し、これまで一度も聴かれることのなかった音楽をレコーディングした。『グランド・テール』には、クリソルの複雑で洗練されたアレンジ、ハーグローヴの爆発的で想像力豊かな魂を揺さぶる演奏、そしてバンドのパワフルで特異なサウンドで満ち溢れている。

 このアンサンブルの燃えるようなエネルギー、強い仲間意識、結束力はすべてそこにある。ハーグローヴの長年のコラボレーターであるフランク・レイシー(トロンボーン)、シャーマン・アービー(アルト・サックス)、ジャッカス・シュワルツ・バルト(テナー・サックス)、ラリー・ウィリスとガブリエル・へルナンデス(ピアノ)、エド・チェリー(ギター)、ジェラルド・キャノン(ベース)、ウィリー・ジョーンズ(ドラムス)、ミゲル“アンガ”ディアスとチャンギート(パーカッション)、フリオ・バレート(ドラムスとヴォーカル)が参加している。「このアルバムをレコーディングしたバンドは数年間ツアーを共にしたんだ」とシュワルツ・バルトは語る。「俺達はツアーでケミストリーを育み、ロイはその到達点をレコーディングして残しておきたかったんだよ」

ロイ・ハーグローヴ。Photo: Des McMahon via Verve Records.

 このアルバムは1998年、シュワルツ・バルトの生まれ故郷であるグアドループ島で録音された。「ロイがマネージャーのラリー・クロティエとレコーディングの場所について話し合っていたのを覚えている」と彼は回想する。「彼らは太陽が降り注ぐ、環境を満喫できる場所を望んでいたんだ。当時、ビンテージのハイエンド・マイクと極上なコンディションのニーヴ・コンソールを備えた素晴らしいスタジオがあったので、私はグアドループを提案したんだ。」アルバムのタイトル 「グランド・テール(Grande-Terre)」は、そのスタジオがあった島の一部を指している。

「ロイは、過剰な準備を好まない」と、シュワルツ・バートはハーグローヴを現在形で言及しながら言う。「事前にリハーサルはしなかった。彼は、バンドの美学に合う曲があるかどうか、何人かに尋ねた。私やガブリエル・ヘルナンデスのようなカリブ系のバンドは、自然にフィットした。ラリー・ウィリスは、フォート・アパッチ[a legendary NYC Latin jazz band led by Jerry and Andy González]働いたことがある。だから、私たち全員がオリジナル曲を演奏した。録音はすべてライヴで行われた。オーヴァーダブや編集は一切していない」

 トラックリストには、バンドとシダー・ウォルトンの曲とハーグローブの3曲が織り交ぜられている。推進力のある「レイク・ダンス」、彼の娘にちなんで名付けられた優しい「カマラのダンス」(2008年のアルバム『イヤーフード』のボーナストラックとして初収録)、そしてこのレーベルから最初にリリースされた強烈な「プライオリティーズ」は、リスナーに個々のプレイヤーと集団のエネルギッシュな強さと芸術性を見せつける1曲だ。

 ピアニストのガブリエル・へルナンデスが作曲したアルバム1曲目の「ルンバ・ロイ」は、私たちの心と耳を瞬く間に熱くさせる。シダー・ウォルトンの 「アフリーカ」(1970年にリー・モーガンの『ザ・シックスス・センス(第六感)』で初リリース)は、アフロセントリックなグルーヴと豊かなハーモニーが、フランク・レイシーの正確無比なトロンボーンと大編成のアンサンブルによってさらに引き立てられている。ジャッカス・シュワルツ・バルトによる夢のような「ララバイ・フロム・アトランティス」は、カリブの海からインスピレーションを受けており「想像を絶する生命体、映画でしか観たことのない風景、シュールレアリストの絵画から借りてきたような色彩」に満ちた「重力も、人も、法律も、木も雲もない異星の世界」を思い起こさせる。

 アルバムには、ジェラルド・キャノンのラテン調な演奏の「オードリー」とドラマーのウィリー・ジョーンズによる「アナザー・タイム」(ロイ・ハーグローヴ・ウィズ・ストリングス『Moment To Moment』にも収録)も収録されており、ハーグローブの吹くフリューゲルホルンのエモーショナルな音色が、深く広がりのあるサウンドを形作っている。ギタリストのエド・チェリーによるパーカッシブな「ビー・アンド・ビー」、そしてピアニストのラリー・ウィリスによる感動的な「エチオピア」は、ハーグローブの優しく心に響く演奏と、この2人のアーティストの特別な関係を際立たせるデュエット曲となっている。

 何がこのバンドを特別なものにしたのか?「カリブ海のミュージシャンと米国のミュージシャンが、それぞれのルーツに忠実でありながら、共通の音楽言語を作り出そうと真剣に努力したんだ。」とシュワルツ・バルトは振り返る。「ロイはカリブ海特有のシンコペーションやフレージングを多用し、彼の卓越したジャズ表現と融合させていた。メンバー全員が特別なミュージシャンで、心を開いてこの経験に挑んでくれた。ハーモニーに関係なく、自分たちの楽器から引き出せる面白い音だけに基づいた「フリー・ジャズ」の瞬間も含め、即興演奏のさまざまな側面を一緒に体験することができた。チャンギート、アンガ・ディアス、ラリー・ウィリス、フランク・レイシーといったパイオニアたちと、ガブリエル・ヘルナンデス、フリオ・バレット、そして私のようなワイルドでエネルギッシュな若手たちとの対話は、魔法の方程式だった。世代を超えた化学反応は、ほとんど経験したことがないものだった」

 音楽はハーグローヴにとって精神的な修行であり、かつて彼はそれを「高揚させる力」を持つ「一種の奉仕」と呼んでいた。「適切な状況において、私たちは聴いている人々に無条件の祝福を与える器となる。私たちはこの贈り物を注意深く、賢く使わなければならない。」ジャズにアフロ・キューバンのリズム、ソウル、ファンクを融合させたハーグローヴのユニークな音色は、ジャズ、ヒップホップ、ネオ・ソウルの領域を超えて、何世代ものミュージシャンに影響を与えてきた。このアルバムは、彼自身の奉仕と高揚させる力の証である。


シャロンヌ・コーエンは、モントリオールを拠点とする音楽、アート、カルチャーのライター、編集者、写真家で、『DownBeat』、『JazzTimes』、『Okayplayer』、『VICE/Noisey』、『Afropop Worldwide』、『The Revivalist』、『La Scena Musicale』などに寄稿している。


ヘッダー画像: 『グランド・テール』ジャケット写真。 Photo courtesy of Verve Records.