「ハード・バップ」という言葉には、ビバップの力強くタフなバリエーションという意味があるが、より親しみやすく、音の密度が少ない音楽を指すこともある。一般的にハード・バップはテンポが遅めで、リズムに重みのあるバック・ビートが特徴だ。ただし、この2つのジャンルを完全に分ける明確な境界線は存在しない。例えば、ディジー・ガレスピーの代表曲「グルーヴィン・ハイ」はビ・バップとみなされる一方で、それをアルト・サックスの名手ジュリアン・“キャノンボール”・アダレイがカヴァーするとハード・バップと呼ばれることもある。

ガレスピーによる「Groovin’ High」の軽快で跳ねるようなビ・バップ・アレンジ
キャノンボールは、よりリラックスしたブルージーなアプローチ

    

  

まず第一に、新しい世代のハード・バップは、ブルースやゴスペルの影響が色濃く表れていることが特徴だ。この要素は、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの最大の魅力でもある。彼らはアルバム『ハード・バップ』を制作し、1950年代半ばのハード・バップ黄金期を牽引する代表的な存在だった。ブレイキーのバンドには、多くの才能あるソリストや作曲家が在籍し、輝かしいレパートリーを築き上げた。ベニー・ゴルソンは「ブルース・マーチ」、ボビー・ティモンズは「モーニン」、リー・モーガンは「ザ・ウィッチ・ドクター」を生み出し、ウェイン・ショーターは数え切れないほどの楽曲を手掛けた。これらのプレイヤーたちは、ハード・バップのスタイルを形成する重要な存在だったが、特にショーターのような知的で先見性のあるアーティストは、このジャンルを超越する活躍を見せた。


ハード・バップの真髄を知るために、ぜひ所有しておきたい4枚の代表的アルバム

1990年代後半、キャリアの最終章を迎えたピアニストで作曲家のホレス・シルヴァーは、愛情を込めて「ザ・ハードバップ・グランドポップ」と呼ばれた。この呼び名がこれほどピッタリなのも納得できる。1950年代に彼は、音楽的に高い芸術性を保ちながら、同時に誰もが惹きつけられるキャッチーさを兼ね備えた演奏と作曲で、ハード・バップというジャンルを築いた重要な存在だった。

カーボベルデ系アメリカ人であったシルヴァーは、アフリカやラテンのリズムを音楽に多く取り入れた。その成果を象徴する傑作が、父親へのオマージュとして作られた『ソング・フォー・マイ・ファーザー』だ。アルバムのジャケットにはシルヴァーの父親の写真が使われている。この作品のタイトル曲は、優美に揺れるボサ・ノヴァのリズムが特徴的で、ダンス音楽の魅力が必ずしもテンポの速さだけに依存しないことを見事に証明している。

ホレス・シルヴァー。Photo: ブライアン・オコナー/Images of Jazz/Heritage Images via Getty。

アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズは、史上最高のコンボ・グループの一つでありながら、まるでビッグ・バンドのような迫力のサウンドを奏でた。その代表作『モーニン』では、ベニー・ゴルソンのテナー・サックス、リー・モーガンのトランペット、そしてブレイキーの伝説的なプレス・ロールで勢いづけられたリズム・セクションが融合し、燃えるような情熱を音楽に与えつつ、非常に叙情的なテーマがその熱を穏やかに調和させている。 このアルバムではゴルソンがメインで作曲を務めており、彼の『アロング・ケイム・ベティ」は繊細ながらも強い感情が込められたメロディが、優雅にスウィングする名曲だ。しかし、特に印象深いのは、ピアニストのボビー・ティモンズが作曲したタイトル曲「モーニン」で、アフリカ系アメリカ人の伝統的なゴスペルを深く心に響く形で昇華させた傑作となっている。

「アコースティック・マイルス」と言えば、画期的な『カインド・オブ・ブルー』が広く知られているが、伝説的なトランペッターの50年代の活動は、他にも多くのハイライトがあった。特にブルーノートとの短い契約期間、1952年から1954年の間に3つの素晴らしいセッションを残している。チャーリー・パーカーのカルテットやディジー・ガレスピーのビッグ・バンドの元メンバーであったデイヴィスは、ビ・バップの創始者たちから直接学び、ハード・バップへの移行も難なくこなした。

このコンピレーションには、ピアニストのギル・コギンス、ドラマーのケニー・クラークとアート・ブレイキー、サックスのジャッキー・マクリーンとジミー・ヒース、そしてウッド・ベースのパーシー・ヒースとオスカー・ペティフォードがバックを務めている。バド・パウエルの「テンパス・フュージット」や「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」と言ったスタンダード・ナンバーでのソロやグループのアンサンブルは、期待通りの素晴らしい出来だ。

マイルス・デイヴィス。1955年。Photo: Pictorial Press Ltd / Alamy Stock Photo。

元ジャズ・メッセンジャーズのメンバーであるハンク・モブレーは、1960年代における最もソウルフルで力強いサックス奏者の一人であり『ノー・ルーム・フォー・スクエアーズ』は、『ア・キャディ・フォー・ダディ』や『ポッピン』など数多くあるブルーノートからの素晴らしいアルバムの中でも間違いなく最高傑作と言えるだろう。

このアルバムでは、アヴァンギャルド寄りのピアニスト、アンドリュー・ヒルやトランペット奏者のリー・モーガンといった多才なメンバーがバックを務めている。モブレーはダンサブルな「スリー・ウェイ・スプリット」で力強い演奏を繰り広げる一方、心温まるバラード「キャロライン」では、しっとりとしたムードの中で情感豊かな演奏を披露している。

ハンク・モブレー。Photo: Francis Wolff / Blue Note Records.


ケビン・ル・ジャンドルは、ブラック・ミュージックに深い知見を持つジャーナリスト、ブロードキャスター。Jazzwise、ガーディアン紙、BBCラジオ3に寄稿している。最新刊は『Hear My Train A Comin’:The Songs Of Jimi Hendrix』。


ヘッダー画像: 1969年、ロードアイランド州ニューポートで開催されたニューポート・ジャズ・フェスティバルのステージで、彼のクインテットと共にライブを行うアート・ブレイキー。Photo: David Redfern/Redferns via Getty