“自分の考えるベートーヴェン”を表現した

TV出演などで米国ではお茶の間にもその存在が存分に知られている、現ジャズ界出身者としては最大の人気者であるのがジョン・バティステだ。近作『ウィー・アー』と『ワールド・ミュージック・レディオ』においては自らも歌うやんちゃな統合的ポップ表現で大好評を得た彼の新作は、『ベートーヴェン・ブルース』という。かような表題が付けられた同作はシンプルにソロ・ピアノにて、“自分の考えるベートーヴェン”を表現した内容となった。

「ベートーヴェンは本当に素晴らしい、神話的で超越した存在だと思う。この世界を作り上げている様々なものを音楽で描いた人物であり、その業績はいくつもの世代に渡って引き継がれている。そんな偉人と自分が今回じっくり会話を交わすことができ、その作品を広く紹介することができたのはなんて素晴らしいことなんだと自分で思っているよ」

名門ジュリアード音楽院で修士課程まで進み、名士となった今は同校の理事会メンバーも務めてもいるだけに、快楽派のバティステがクラシックにも造詣が深くてもなんら不思議はない。実は、この『ベートーヴェン・ブルース』は枠を超えたピアニストたるジョン・バティステの新シリーズとなる“ピアノ・シリーズ”の第一作となる。

「“ピアノ・シリーズ”というのは、僕のピアノ演奏家としての旅をレコード化して、それを皆さんと分かち合おうとするものだ。僕のヴィジョンと音楽に多大な影響を与えた、個性的なコンポーザーが世の中にはいるので題材には困らないよね。だから、アルバムのテーマは毎回異なる。要するに、作曲家で縛ることもあるだろうし、個人に拘らずユニークな視点で括ることもあると思う。どうなるかは、今後のお楽しみという感じだね」

今作を作った意図を、「自ら新たなコンテクストを考えていかないと、自分の考えることを伝えることはできない。そうしないと、伝えられないことってあるんだ。今回はクラシックのリスナーじゃない人にも『ベートーヴェン・ブルース』を届け、共有したかった」とバディステは説明。なるほど、本作を聞くとベートーヴェンは秀でたポップ・ソングの作り手であったとも直裁に感じさせられる。それを伝えると、彼は「そのとおり。グレイト・ミュージックはグレイト・ミュージックなんだ!」とにっこり返答した。

ベートーヴェンの著名曲「エリーゼのために」と「交響曲第5番」はそれぞれ2つのヴァージョンが収められている。たとえば、「エリーゼのために-バティステ」と「エリーゼのために-レヴェリー」では曲の尺が10分以上も異なっている。それは、会話していろんな方向に行けるんだということを具体的に示している。

「このアルバムで僕が求めたのはクラシックを新しい形にどう進化させられるかということだった。だから、演奏するたびにその曲は新たな表情を宿すわけで、2度と同じものにはならない。「エリーゼのために」と「交響曲第5番」が今回2ヴァージョンずつ収録したのもそうした理由からだ。オリジナルのテーマは一つであったかもしれないけれど、そこからさらに窓を広げることで異なるところに旅が続くことを見せたかった。そして、このアルバムでクラシックの曲に新たな力を与えたかった」

また、アルバムにはバティステの自作曲も3曲収録されているが、それらはベートーヴェンの諸曲とともに違和感なく聴けてしまう。

「僕がクラシックを学んでいた際には、楽譜に囚われそこから外れてはいけなかった。でも、僕にとって、とくにベートーヴェンの音楽は最たる創造の出発点だったんだ。そんな彼とは対話していける存在だと感じてきているので、双方の曲には違和感を感じないのかもしれない。ある意味このアルバムで、僕はベートーヴェンと時間を経て共同作曲しているという感じだね」

   

■ベートーヴェンの音楽とアフリカのリズムには共通点がある

ベートーヴェンと今のバティステが自在に交錯する内容を持つ新作だが、実はベートーヴェンの楽曲について彼は以下のような興味深い発言もした。それは「交響曲第5番」の一つヴァージョンには“イン・コンゴ・スクウェア”という副題をつけていることを指摘した際だった。コンゴ・スクエアは奴隷として連れてこられたアフリカンにとって歴史的なニューオーリンズの音楽実践の場の名称だ。ニューオーリンズの著名音楽家庭に育ち、同地の音楽形態や継承の様にバティステは多大な自負を持っている。

「西アフリカのリズムは2つの異なる拍子が一緒になっているんだ。2の拍と6(3)の拍、つまり奇数と偶数という拍子が入っていることで、陰と陽、ほろ苦さと甘さというものが共存している。そして、ベートーヴェンの音楽とアフリカのリズムには共通点があって、ベートーヴェンはそうした原初的なアフリカのリズムから実は影響を受けている。それこそは、ベートーヴェンの革新的なところだったと思う」

同作収録のバティステ曲のなかの1つは、彼の作曲課程や素顔を追った2023年NETFLIXドキュメンタリー映画『ジョン・バティステ:アメリカン・シンフォニー』のテーマ曲だ。それはもともとカーネギー・ホールからの委嘱で、フルのオーケストラのために書いた。

「『アメリカン・シンフォニー』はフル・オーケストラにプラスして、ネイティヴ・アメリカン、エレクトロニック・ミュージシャン、プログラマーなど様々な人材が加わっている。当然、ジャズのミュージシャンもいればラテン・アメリカのミュージシャンもいるし、アフリカ起源のパーカッション奏者もいる。言わば、伝統的なオーケストラのなかに、私自身のオーケストラが入っているという感じかな。そして、それは今回のベートーヴァンのプロジェクトも同じ考え方を持つ。ベートーヴェンのなかに僕のベートーヴェンが息づいているからね」

――こうして話を聞いていると、あなたの世界が今まで以上に広がっていくのがリアルに伝わってきて、次は何やるのか、もう本当に楽しみでしょうがありません。

「ぼくも本当に楽しみでしょうがない。感謝だね。もちろん、『ベートーヴェン・ブルース』にもたくさんのことが詰まっている。だから、リスナーはずっとそれを探し続けられるんじゃないかな」

(インタビューは2014年10月18日に、zoomにてなされた)