ロンドンを拠点に活動するニュージーランド生まれのシンガーであり、マルチ・インストゥルメンタル奏者でもあるジョーダン・ラカイは、2025年の始まりを穏やかで思索的な気持ちで迎えている。それもそのはず、彼にとって2024年は、これまでで最もパーソナルな作品となる『ザ・ループ』をリリースし、幅広いリスナーに届いた年だったのだから。さらに、グラストンベリー・フェスティバルやロイヤル・アルバート・ホールといった「キャリアのハイライト」とも言えるステージに立つ機会も得た。

「12月に1年を振り返ったとき、どれだけ多くの節目を迎え、どれほど多くの新しい、そして大規模な観客の前で演奏できたかを考えて、ただただ感謝の気持ちで一杯だったよ」と語るラカイ。彼は、間近に迫ったオーストラリア・ニュージーランド・ツアーのプロモーション用のインタビューを控えながら、そう打ち明けた。

『ザ・ループ』は、ラカイにとってアルバム制作の根本的な転換点となった作品だ。それは同時に、彼が音楽を作り始めたころの原点への回帰でもある。「マーヴィン・ゲイの有名なアルバムでは、ミュージシャンたちが同じ部屋でライブテイクを録音していて、一切のオーバーダブがないんだ。そのエネルギーこそが僕が求めていたものだった」と彼は語る。この瞬間のひらめきや偶然性を受け入れる「自由な」制作スタイルについて話すとき、ラカイの表情は一段と輝く。それは、彼にとって創作の新たな解放でもあり、「ポストプロダクションの段階でのプレッシャーを大きく軽減してくれる」方法でもあるのだ。

ジョーダン・ラカイ。Photo: Samuel Bradley.


キャリア6作目となるアルバムをリリースしたジョーダン・ラカイ。そのうちの1枚は、ダン・キー(Dan Kye)名義で発表したエレクトロニック・ミュージックに特化した作品だ。そんな彼は今、肩の力が抜けた自然体の自信を漂わせている。彼にとって、さまざまなジャンルが交差する地点に身を置く事こそが魅力であり、その時の気分に応じて「レディオヘッドやジェフ・バックリィの影響を色濃く出すこともあれば、ア・トライブ・コールド・クエストのようなクラシック・ヒップホップに寄せることもできる」と言う。

「このアルバムのために多くの準備をしたけれど、それは『自由であるための準備』だったんだ。楽曲には、緩やかさや人間らしさを宿したかった。考えすぎないことが大事で、『良いと思ったら、それで決まり』という感覚を大切にしたんだ」と、彼は自身のキャリアを思索しながら語る。

『ザ・ループ』の制作は、ラカイにとって「1つの円環を描く瞬間」だったようだ。これまでのアルバム制作を通じて得た自信が、「10代の頃の音楽の作り方を再び受け入れる」きっかけになったという。つまり、理屈ではなく感覚で進め、その瞬間のひらめきを大事にし、過度なプロセスや完璧主義に縛られないこと。

今回の作品で特に際立っているのは、これまで以上に大規模なアレンジを取り入れた点だ。しかし同時に、楽曲の持つ親密さも失われていない。壮大なサウンドの楽曲がある一方で、シンプルで感情をむき出しにした楽曲も並び、対照的な要素が共存している。

「例えば、”ラーニング”や”フレンド・オア・フォー”のようなスケールの大きい楽曲では、クワイアやホーン・セクション、パーカッションを加えて音を分厚くしたんだ。一方で、感情をダイレクトに伝えたい”ホープス・アンド・ドリームス”のような楽曲では、オルガンとボーカルだけに絞って、他の要素を徹底的に削ぎ落とした。音が密集しているか、あるいは極端にシンプルか。その大胆なコントラストは、意図的なものだよ」と語るラカイ。 音楽に導かれるままに制作を進めたことこそが、このアルバムを特別なものにしている。

ジョーダン・ラカイにとって、『ザ・ループ』の制作におけるアプローチ、そして自身の芸術観を形作るうえで、大きな転機となったのは人生の変化だった。このアルバムを制作する直前、彼は初めて父親になった。これは彼の創作プロセスに根本的な影響を与え、アーティストとしての在り方を大きく変えたという。「子どもが生まれてから、時間の使い方がより効率的になった。同時に、制作に対して過度に批判的にならなくなったんだ。歌詞もより率直で、ある意味シンプルになった。おかげで、音楽に対する『エゴ』をかなり削ぎ落とす事ができたと思うよ」とラカイは振り返る。

父親になったこと、そしてキャリアを重ね、より確立されたアーティストとして成長したこと、これらの経験が彼の人生観を形作り、未来への視点を変えた。そして何より興味深いのは、成熟と経験を積んだからこそ、彼が10代の頃に持っていた純粋な創造性を受け入れることができるようになった、という内面的なパラドックスだ。

現在、ラカイのキャリアは正に絶好調の波に乗っている。オーストラリア、ニュージーランドを巡るツアーを終えた後、5月にはロンドンで開催される音楽フェスティバルCross The Tracksに出演予定だ。このフェスティバルには過去2回出演しており、今回はラインナップの中でも特に注目されるアクトのひとつとなるだろう。

これからの展望について尋ねると、彼はワクワクしながらも「流れに身を任せたい」と語る。「去年の12月からまた曲を書き始めたんだけど、ある日はブーン・バップ・ビートを作って、翌日にはアコースティック・ギターで7分のバラードを書いているんだ。本当にいろんな音楽を作る年になりそうで、ワクワクしてるんだ」ひとつだけ確かなのは、彼がアーティストとしてさらに進化していく中で、そのサウンドはこれまで以上に多彩な影響を取り込みながらも、彼ならではのソウルフルな視点を通して昇華されて行く、ということだ。


アンドリュー・テイラー・ドーソンはエセックスを拠点とするライター兼マーケッター。彼の音楽記事はUK Jazz News、The Quietus、Songlinesで紹介されている。音楽以外では、The Ecologist、Byline Timesなどに寄稿。


ヘッダー画像: Jordan Rakei. Photo: Samuel Bradley.