3月28日にブルーノート/キャピトルから1stアルバム『ロング・ウェイ・ラウンド』をリリースしたマヤ・デライラは、英国北ロンドン出身、現在24歳のシンガー・ソングライター/ギタリストだ。8歳でギターを始め、15歳のときには英国最大のストリート・ミュージック・コンペティション「The Mayor of London’s Gigs Big Busk」で500組以上のなかからファイナリストに選ばれ、その後、アデル、FKAツイッグス、キング・クルールといった才能を輩出したブリット・スクールに進学。16歳でSNSにギターの演奏動画を投稿するようになり、2020年3月にYouTubeで「Table Time」という企画(自宅のテーブルの上にあぐらをかいて座り、好きな曲を好きなように弾く動画)をスタートさせて注目を集めた。
正式に自作曲をリリースするようになったのは2020年で、アメリカのインディ・レーベル「Lowly」から次々にシングルを配信。2020年7月にデビューEP『Oh Boy』を、2021年10月に2nd EP『It’s Not Me, It’s You』をリリースし、2nd EPに収録されたサム・ヘンショウとのコラボシングル「Breakup Season」がスマッシュヒットとなって認知度を上げた。この頃はソウル・ミュージック的な構成のメロディをモダンなサウンドでポップに聴かせる曲が少なくなかったが、マヤはソウルやポップのみならず、幼い頃からジャンル関係なく様々な音楽に親しんできた。例えばーー。
2月にプロモーションのため初来日し、25日に原宿のFender Flagship Tokyo(マヤはフェンダーの次世代アーティスト支援プログラム「Fender Next 2024」に選出されている)、26日に南青山のBAROOMでスペシャルイベントを行なった彼女にインタビューすることができたので、まずはこれまでどんな音楽に影響受けてきたのかを聞いてみた。
「両親共にクリエイティブな人で(父親は映画のカラリスト、母親はセットデコレーター)、姉はグラフィック・デザイナー。みんな音楽が大好きで、私はアートと音楽の溢れている家に育ちました。両親が好きでよくかけていたのは、プリンス、スティーヴィー・ワンダー、エラ・フィッツジェラルド。私は子どもの頃からそうしたミュージシャンのレコードに親しんでいたし、あと、ジャック・ジョンソン、ジョン・メイヤーも。ワールド・ミュージック系もいろいろかかっていて好きでしたね」
「ギターを弾くようになってから影響を受けたのは、ジョン・メイヤー、デレク・トラックス、B.B.キング、スティーヴィー・レイ・ヴォーン。エレクトリック・ギターを弾くようになって特に影響を受けたのはトム・ミッシュです」
「いつか共演してみたいミュージシャンの筆頭はデレク・トラックス。ブルーズにドップリとハマっていた時期があって。今回のアルバムではブルーズを弾き足りなかったけど、今後はブルーズからの影響をもっと出しながらやっていきたいとも思っています。あと、音楽だけでなくMVの作りとかファッションとかグッズのデザインとか全部ひっくるめて”この人はすごい!”って思うのはタイラー・ザ・クリエイターですね。それから今はドーチーが大好き。最高にクールでしょ?!」
そんなマヤ・デライラはもともと「セッション・ギタリストを目指していた」そうで、シンガー・ソングライターになって自分で曲を書いて歌うようになるとは思っていなかったそうだ。
「真剣に曲を書くようになったのはブリット・スクールに入ってから。そういう授業もありましたしね。それからセッション・ギタリストとしてあるシンガーの後ろでギターを弾くことがあったんですけど、そのときに“バック・シンガーとして歌ってみない?”と言われて。歌ってみたらまわりの人から”歌声もいいじゃない?! もっと歌ってみたらいいのに”と勧められ、そのときは“へえ~、そうなのかなぁ”なんて思っていたんですけどね(笑)。少女の頃は人前で歌うことに憧れたりもしたけど、そういうのって現実的じゃないでしょ? だからシンガー・ソングライターとしてこうしてデビューできるのは、ちょっと不思議な感じでもあるんです」
2022年、マヤはUKジャズ界の未来を担う注目株たちがブルーノート・レコードに残された名曲群を再解釈してカヴァーしたコンピレーション・アルバム『Blue Note Re:imagined』の第2弾『Blue Note Re:imagined Ⅱ』に参加。ニール・ヤングの名曲で、カサンドラ・ウィルソンが『New Moon Daughter』で取り上げた「Harvest Moon」を柔らかくフォーキーなタッチでカヴァーした。それと前後してブルーノートと契約。彼女が22歳のときだ。
「前のインディ・レーベルとの契約が終了する頃に大好きなジョン・メイヤーのドキュメンタリーを見ていたら、ドン・ウォズ(現・ブルーノートの社長)がジョンのキャリアに深く関わっていたことがわかって。そうしたら偶然にもその翌日、私のスタッフあてにドン・ウォズから連絡が入ったらしいんです。どうしてドン・ウォズが私のことを知ったのかというと、彼の元で働いていたジェイクという当時19歳の若い人がTikTokに投稿した私の動画を見て、ドンに”こんな面白い子がいますよ”って話してくれたみたいで。ブルーノートから声がかかって? ビックリだったし、信じられませんでした。ジャズは子どもの頃から好きだったし、ジャズ・バンドに入って演奏していたこともあったけど、まさか自分がブルーノートと契約することになるなんて」
「ブルーノートで特に思い入れの強い作品ですか? それはやっぱりノラ・ジョーンズの1stアルバムですね。母がノラを大好きで、私は赤ちゃんのときからそれを聴いていたくらい(笑)。だからあのアルバムを聴くと懐かしい気持ちになるんです。それに彼女の歌い方はソフトで、私も声を張って歌うようなタイプではないから。彼女のああいう歌い方にもインスピレーションを受けました」
ブルーノートからのデビュー・アルバム『ロング・ウェイ・ラウンド』の話に移ろう。このアルバムは、かなり多彩だ。それこそデビュー当時のノラ・ジョーンズを想起させるシンプルで柔らかなスロー(「Begin Again」など)もあるし、カントリー・ポップ的な風味の曲(「Man of the House」)もある。カーティス・メイフィールドにインスパイアされたサンプル・ループから作り始めたというヒップホップ感覚の曲(「Actress」)もあるし、フォーキーながらもアフリカ音楽からの影響が見て取れる曲(「I’ll Be There in the Morning」)もある。古きよきソウル・ミュージックの温かみと懐かしさを感じさせる曲(Necklace)もあれば、プリンスかセイント・ヴィンセントかといった強力なファンクナンバー(「Squeeze」)もある。
「インディでEPを出した頃は、まとまりのあるサウンド、ひとつのスタイルを持ったサウンドにとてもこだわっていました。でもそこから時間が経って、自分で自分の音楽を制限しようとするのは自然じゃないなと思うようになったんです。音楽はそういうものではないんじゃないかって。ですからこのアルバムは、私のなかのいろんな音楽要素を組みあせたものにしようと思いました。ただ、そうは言ってもやっぱり不安でしたよ。まとまりのまったくないアルバムになってしまうんじゃないかと。そんなときにドン・ウォズが言ってくれたんです。“いや、気にしなくていいんだよ。君の声と君のギターでさえあれば、どんな曲でも君のものになるんだから。気にしないで今やりたいことを素直にやってみなさい”と。その言葉で自信が持てました。様々な異なる影響が表れたアルバムにするのは悪くない、むしろ素晴らしいことなんだって。その結論に至るまでにはけっこうな時間が必要だったんですけどね」
このアルバムの制作にはおよそ3年がかかっている。イギリスのデヴォンにあるスタジオをベースに作業を始め、L.A.のスタジオ、それからブルックリンのスタジオへと動き、再びロンドンに戻って録音。行く先々でいろんな畑のミュージシャンとプロデューサーに会い、セッション~コライトをしながら曲をまとめていった。遠回りをしたけれど、だからこそ満足のいく作品になったという思いが彼女にはある。だからタイトルを『ロング・ウェイ・ラウンド』(遠回り)とした。「まるで制作自体が旅のようだったんですね?!」と言うと、彼女はこう言った。
「ええ。まさにロング・ジャーニーでした(笑)。遠回りしないことには見つけられないものってあるんですよね」
各楽曲とプロデューサーについては国内盤のライナーノーツに書いたので、そちらを読んでいただきたいのだが、1曲だけ、アルバム本編の最後に収められた「Never With You」に触れておきたい。サム・ヘンショウが共作に名を連ねるこの曲は、フォーキーでありながら途中でゴスペル的なムードも取り入れられるもの。新しく訪れた春の日の希望を感じさせ、この季節にピッタリだ。「Begin Again」で始まった自身の物語がここに繋がり、まさしく人生のサイクルを示しているよう。終盤のマヤのギター・ソロは、そうしてこれからも続いていく人生を祝福しているかのように聴こえてくる。
「わー、とってもステキな解釈!! そのように受け止めてもらえてすごく嬉しいです。“Never With You”をアルバムの最後に置くってことはずっと思っていたことでした。失恋の曲もあるけど、とにかく最後はハッピーで希望を持たせて終わりたかったので。もう一度恋に落ちるという意味もあるし、おっしゃられた通り人生をセレブレイトするというような意味も持たせているんです」
オープナーの「Begin Again」は、ざっくり言ってしまえば終わりがあれば始まりもあるという愛と人生のサイクルを歌ったもの。それが最終的にクローザーの「Never With You」に繋がり、この曲がまた初めの「Begin Again」にも繋がっていく。つまりこのアルバムは旅のようでもあると同時に、人生を思わせるものでもある。と、自分はそう解釈した。
「いえ~い!! まさに私の意図した通り。“Never With You”を聴いて、もう一度頭から聴こうって気持ちになってくれたらいいなと思ってこの曲順にしたんです。わかってもらえて、めっちゃ嬉しいな」
このインタビューをした2月26日の夜、マヤは南青山のBAROOMでスペシャル・ショウケースを行なった。その模様についても書いておこう。
会場となったのはレストランやミュージック・バーも擁するBAROOM内の円形ホール。着席で100人を収容するそこは、ベルベットの赤いシートも印象的で、ヨーロッパの古くからある小劇場に迷い込んだ感覚にもなる。ステージと言える場所は円の真ん中で、観客と演者の距離が非常に近い。その分、観る側としてはインティメイトな雰囲気が味わえるわけだが、演者にとっては自分を囲むみんなから至近距離で観られることになる故、これくらいの距離感でプレイすることに慣れている人じゃない限り緊張もするだろう。

登場したマヤは真ん中に置かれた椅子に腰かけ、ギターを抱えて日本語で「コンバンワ」と一言。弾き語りで、まずは「Actress」(2023年リリースのシングル曲)を。音源はループの印象的なヒップホップ的作りのモダンなアレンジだが、弾き語りとなればメロディのよさが際立ってずいぶん違う印象だ。が、やはりかなり緊張しているようではあった。
2曲目は「Look at the State of Me Now」(2024年リリースのシングル曲)。アコギを弾いて張らずに柔らかく声を出す。力を入れず、元のメロディを少し崩した歌い方も新鮮でいい。“Look at the state of me now(今の私を見て)”と歌われるサビ。“うん、今のあなたをちゃんと見ているよ”と心のなかでつぶやいてみた。
3曲目もアコギの弾き語り。「Necklace」(2023年リリースのシングル曲)だ。これは先にも書いた通り古きよきソウル・ミュージックの温かみと懐かしさを感じさせる曲で、初めて聴いたときに自分はテキサス州出身のリオン・ブリッジズに通じるものを感じた。それを昼間のインタビューで話したところ、彼女はこう言っていた。「そう! まさにリオンの曲からインスピレーションを受けて書いた曲なんです。彼の“Beyond”という曲で……」。その「Beyond」が大好きだった自分はたまらなく嬉しくなり、だからこれを弾き語りで聴けたことも嬉しかった。24歳でありながらこのようなゆったりしたソウルも味わい深く歌えるマヤは魅力的だし、実にこうジワッと染み入るヴォーカルだなと改めて思った。

4曲目はアルバム『ロング・ウェイ・ラウンド』が初出となるインストナンバー「Jeffrey」。置かれたループペダルで土台となる旋律をループさせ、足を組んでエレクトリック・ギターを自在に弾く。このあたりになると緊張もだいぶほぐれたよう。マヤがそもそもギタリストであることが如実にわかる演奏スキル。いつかインスト曲中心の作品なんかも聴いてみたいと思った。
5曲目は「Maya, Maya, Maya」。アルバム・リリースの少し前にシングルとして出た曲だ。曲調がそうさせるのか、あるいはこのショーケースの最後の曲だからか、マヤもリラックスして、実にいい湯加減の歌い方。尚、この曲は『ロング・ウェイ・ラウンド』国内盤のみのボーナストラックとしてスタジオ・ライヴも収録されているのだが、そこでのピアノとドラムの鳴り方はノラ・ジョーンズ「Don’t Know Why」を想起させるもので、改めて彼女がブルーノートの有望新人であることを思いもした。
とはいえノラがそうであるように、マヤも先述の通りジャンル問わず多様な音楽に親しんで、これからいろんな表現をしていきたいと考えているミュージシャン。インタビューでは「もっとポップなアルバムもまたいつか作りたいし、ラップとギター・ソロの組み合わせなんていうのもクールだからやってみたい」と話していた。
そんなマヤ・デライラは、嬉しいことにフジロックの出演が決まっている(出演は25日・金曜日)。恐らくバンド・セットでの出演だろうし、大勢の観客の前でどんなライブを見せてくれるのか、今から本当に楽しみだ。
■マヤ・デライラ プロフィール
北ロンドン出身。アデル、エイミー・ワインハウスなど多くのアーティストを輩出した名門、ブリット・スクール出身のシンガー・ソングライター/ギタリスト。TikTokやInstagramで計100万人を超えるフォロワーを獲得し、同世代の共感を呼べる等身大の歌詞と、R&Bやソウルなどの音楽をオーガニックなポップへ昇華したサウンド、そしてトム・ミッシュを思わせるギター・スタイルで注目される一方で、2020年には音源のリリースを開始。サム・ヘンショウとのコラボ曲「Breakup Season」をはじめ、「Tangerine Dream」、「Moonflower」など、リリース後早々に数百万再生を記録するなど大きな注目を集める。2022年にはブルーノート/キャピトルと契約し、デビュー・シングル「Pretty Face」をリリースした。また、ブルーノートのカタログを再構築し、英国シーンの新進気鋭のアーティストをフィーチャーしたコンピレーション『ブルーノート・リイマジンド II』に「ハーヴェスト・ムーン」のカヴァーで参加。ショーン・メンデスやメーガン・トレイナー、ジェイムス・ベイなどからも支持を集めるシーン最注目株。フェンダーの次世代アーティスト支援プログラム「Fender Next 2024」にも選出されている。