ティグラン・ハマシアンやアンブローズ・アキンムシーレ、セシル・マクロリン・サルヴァントらを輩出したセロニアス・モンク・コンペティションのサックス部門で優勝したサックス奏者であり、現代屈指のサックス奏者のひとりとして名を馳せるメリッサ・アルダナは常に高いクオリティの作品を発表し、高い評価を得てきた。

ただ、ブルーノートとの契約後、これまでとは少し異なる音楽性に変わっていた。プロデューサーにギタリストのLage Lundを迎え、ベースにPablo Menares、ドラムのKush Abadeyを固定し、そこにピアニストを加えたクインテットで2枚のアルバムを制作した。

2022年の『12 Stars』ではSalivan Fortnerを、2024年の『Echoes of the Inner Prophet』ではFabian Almazanをピアノで起用し、これまでとは異なる作風に変化している。しかも、後者ではエレクトロニクスやポストプロダクションも取り入れた。それに伴い、メリッサのサックスも変化している。彼女のトレードマークでもあったマーク・ターナー影響下のスタイルよりも、どこか抽象的で、ミステリアスな演奏が印象的なものになり、この2作からその独自性も、そして、作品としての深みも一気に増していった。

今、彼女はスター揃い、傑作揃いのブルーノートの中でも屈指の作品を提供するアーティストとなった。
今回、初めての来日に合わせ彼女に取材することができた。

――2022年のアルバム『12 Stars』のコンセプトを聞かせてください。

インスピレーションはタロットカード。全ての人がタロットの大アルカナの中に自分の”象徴”があるのだけど、私の象徴は“皇帝(empress)”。その皇帝は12個の星(12 Stars)がついた王冠をかぶっている。つまり、私にとって12の星は、ニューヨークで過ごした12年(制作当時)、パンデミックの12ヶ月、その間、どう私の物語が音楽と、タロットとの関係で発展していったか…。

――音楽面では?そのコンセプトをどう音楽にしたんでしょう?

そうやってパンデミックの間、私は泣いて多くの時間を過ごした。自分の内面を見つめ直し、すべてが崩れ落ちていくような感覚を覚えたり、夢を抱いたり。でも「それをこういう曲にして書こう」というのではなく、その間に受けていたタロットのレッスンや、私自身の時間の経過の中で、成長しようと思った。そうやって書くことができたの中から一番好きだと思えるものを選んで、アルバムを作るのに使おうと思った。

――タロットは作曲や演奏にどう反映されたと思いますか?

それがおもしろい部分。歌詞でなら、それを正確に表現することはできるけど、私はシンガーじゃないからそれができない。ごく抽象的な概念でしか、その時の自分を表現できない。

――ですよね。

例えば、「The Fool」の…実際はどの曲もそうなんだけど…「奥にある物語をどう伝えよう。少なくとも、それを知りたいと目をつむって耳を傾けてくれるリスナーにどう伝えよう…」と考えたとき、私にできることは、ハーモニーを通じて、音楽のディテールを通じて、音の強弱とかそういったことを通じて伝えること。そのためには私自身が、曲の物語を前に心をオープンにし、ハーモニー的な言葉やサウンドをもってそこに行くしかない。

――そもそもなんでタロットをやろうと思ったんですか?

わからない。なんとなく昔から興味があって、おもしろそうだなと思った。理由はわからない。でも決して、占いとしてのタロット、タロットが未来を教えてくれるということを信じてるわけじゃない。それよりはタロットの歴史、それぞれのカードの歴史、それが星座や出生占星図とどう関係するか、といったことに興味がある。タロットカードを通じてエネルギーを読み取るという考え自体にすごく惹かれるし、興味がある。

――偶然なんですけど、僕も今年、初めてタロットをやる機会があったんです。やる前は「占い」だと思っていたんですが、実際には占いというよりは自分のことを改めて考えるための行為だと感じました。タロットをやりながら、過去に自分の身に起きたことや過去に自分が感じたことを思い出し、その意味を考えるというか。

ええ。そういうこと。

――タロットがインスピレーションになった理由には、タロットがそんなふうに自分と向き合い、自分を振り返るツールだったからだと言えますか?

ええ、まさにそれが理由。タロットが教えてくれる自分の姿、というか。大アルカナは、その人が生まれた生年月日や時間に基づいているし、私の象徴である皇帝にも良い面と悪い面がある。カードを読み解くことで、少しでも自分がどういう人間なのかということが理解できる気がして、すごくおもしろいなと思ったわ。おもしろくないこともわかるんだけど。

――(笑)僕も今年初めてやって、おもしろいシステムだと思いました。面白くないこともわかるんですよね

そうそう。

――次は2024年の『Echoes of the Inner Prophet』です。このアルバムのコンセプトを聞かせてください。

ある意味では『12 Stars』からの流れを汲んでいる。『Echoes of the Inner Prophet』で言いたいのは、人生における“内なる教師”が結局は自分自身、より高い自己なんだということに気づき、理解し、結びつくことが必要だということ。良いも悪いも含めて、自分の中で反響する「山びこ」みたいなもの。音楽で言えば、私の場合は、マーク・ターナーだったり、チャーリー・パーカーだったり、ソニー・ロリンズだったり。それらは私を作る私の一部だし、語りかけてくるものは直感が教えてくれる。高い自己、内なる預言者もしくは教師…呼び方はなんでもいい。それを見つけ、繋がることの大切さを理解するというのがこのアルバムのコンセプト。

――そう考えるきっかけがあったのですか?

今、私は35歳。育った家庭環境はどちらかといえば複雑でね。18歳でチリを離れたけれど、幼少期の暮らしは楽ではなくて、父と娘の関係もほとんどなかった。大人になると、そういった家庭環境の基盤、すなわち、成長する中で得られる感情的な支えや安心感、足に地をつけ、根っこを感じることが大事なのだと気づいた。父は素晴らしい先生で、私に採譜を教えてくれたり、全てを教えてくれた。でも多くの問題も抱えた人だった。私は練習に明け暮れ、ある意味、孤独な子供だった。ニューヨークに移ってきてからも、練習に明け暮れる毎日。そしてパンデミック中に離婚をした。最近になって、私にはそんなふうにたくさんの傷があり、それらを見たくないがために、練習に没頭して逃げてたんだということがわかってきた。

――なるほど。

アルバムはいつもその時々の自分の置かれた状況を映し出すもの。自分の心と繋がりたい、安心できる場所を見つけたい… それって、私の友人の多くも感じていることだった。親とどんな関係で育ってきたかがすごく左右する。そんなわけで、(前作は)タロットの皇帝、(今作は)内なる預言者、(2019年の『Visions』は)フリーダ・カーロに関するアルバム…といつも私の作品は自分を知るプロセスだった。そうやって音楽を通じて、自分が何者で、何が好きで、何が好きじゃないかを知ることができて、子供の頃から苦手だった人とのコミュケーションの取り方を学べたというのは、すごくおもしろくて美しいこと。たとえ自分では、パーソナルな物語を語りたくないと思ったとしても、アルバムは自然と自分が今いる場所を映し出す。あ、これが私の今いる場所なんだな、とわかる。

――「内なる教師」について考えるというのは「昔の自分も今の自分も認める、もしくは受け入れる」ってことでもあるわけですね。ところで、タイトル曲「Echoes of the Inner Prophet」はウェイン・ショーターがインスピレーションだったんですよね?

ええ。ウェインも採譜はしたけど、他のプレイヤーほど深く掘り下げたことはなかった。でもここ数年で改めてウェインに恋してしまった。彼の音楽の深さを知るには、まだ若すぎたのだと思う。今は、特に「ストーリーをどう語るか」という部分でとても共感できる。カルテットでプレイする時に交わされるテレパシー、バンドという概念そのもの、サウンドを通じてどんな感情を表現できるか、1音聴くだけでウェインの人生が聴こえてくる彼の音…「何なの、いったい?」と思えるくらい。そういう部分で、アルバム全体を通して、彼がインスピレーションだった。つまり、感情を表現するツールとしていかにサウンドを使うかということ。

――アルバム『Echoes of the Inner Prophet』ではあなたのサックスの演奏も変わったように感じました。テンポはゆっくりで、音はやわらかくなったというか。それが特に顕著なのが「Cone of Silence」だと思いました。音量を抑えたままで、やわらかい音をスムーズに奏でながら、どんどんフレーズが変化していくのはすごいテクニックだと思ったんです。

確かに、あの曲では確かに音量や音の強弱によって感情を表現する、ということを考えた。最終的にアルバムで聴こえるサウンドの多くは、私が「このアイディアをどう表現しようか」と、遊び心で色々と試した結果だと言える。

――『Echoes Of The Inner Prophet』に関して、ブルーノートの公式サイトで「personal journey, with an especially introspective point of view」とあなた自身が語っていると書いてありました。あなたの表現には様々な形で自分自身と向き合うことが共通点としてあるんですかね?

ええ、もちろん。答えを外に求めるのではなく、自分の中に目を向けるということ。どうすれば、より深くまで掘り下げられるか?どうすれば、今以上になれるか?上達できるか?これは、私自身のことでもあるけれど、音楽に関しても全く同じことが言える。どちらも深く繋がり合っているものだから。

 


■公演情報

メリッサ・アルダナ・カルテット
2024年8月20日(火)~22日(木)
COTTON CLUB
[1st.show] open 5:00pm / start 6:00pm  [2nd.show] open 7:45pm / start 8:30pm
メンバー:Melissa Aldana (sax)、Lage Lund (g)、Pablo Menares (b)、Kush Abadey (ds)
詳細:https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/melissaaldana/

 

■リリース情報

メリッサ・アルダナ『Echoes of the Inner Prophet』
発売中 配信/輸入盤