■これが僕の大好きな、僕の信じるビッグ・バンド
祝、結成20周年! 2005年にピアニスト・小曽根真の呼びかけで結成されたビッグ・バンド、「No Name Horses」が5年ぶりのオリジナル・アルバム『Day 1』を発表する。キャッチフレーズは「YES! We are a “BIG BAND”!!」。とてつもなく幅広い音楽キャリアを誇る凄腕たちが、分厚いスウィング感、痛快なアンサンブル、極上のソリ(ソロの複数形。特定のパート全員が主旋律を演奏)、ハイレベルな即興を、ときにスリリングに、ときにユーモラスにジャズ・ビッグ・バンドの世界へと案内する。
いまではあまり顧みられていない観もある「循環コード」(ジョージ・ガーシュウィン作「アイ・ガット・リズム」のコード進行に基づく。英語ではリズム・チェンジという)やブルース・コード等を取り込みつつ、繰り広げられるサウンドは圧巻のひとことに尽きる。意気あがる小曽根真に話を聞いた。
「これが僕の大好きな、僕の信じるビッグ・バンドなんだ」というステートメントをアルバムに込めました。No Name Horsesはロックやラテンにも取り組んできましたし、「ラプソディ・イン・ブルー」も取り上げていますし、いろんなスタイルで演奏してきました。その結果、今回、ビッグ・バンドの原点に戻ってきたんです。
僕が考えるビッグ・バンドの醍醐味は、用意した素材(譜面)にメンバーが刺激を受けて、それを自分たちの音楽として立ち上げていくということ。僕はクラシックも演奏しますし、自分のコンチェルトも作曲していますので「譜面通りにきっちり演奏する喜び」も知っていますが、ジャズのビッグ・バンドの場合は、「譜面を渡したら、あとはそれぞれ勝手にやってほしい」と思っています。譜面通りに厳密に演奏する必要はないですし、メンバー各自の個性的な解釈を生かしたいですね。アドリブ、即興の自由さがあってのジャズだと思います。
タイトル曲の「Day 1」はシンバル・レガートから始まりますが、この部分は10周年のときに出したアルバム『Road』のエンディングを受け継ぐ形です。種を明かしますと、「Day 1」の中に、トランペットとサックスのソロが終わった後にソリがあって、そこから調子が変わってメンバーの曲が3曲出てきます。
最初に登場するのは1枚目に入っている三木俊雄の「Midnight Call」です。1枚目の時は5拍子で演奏しましたが、今回は7拍子にしています。そのあと、ブラスのフレーズの後ろで鳴っているメロディは、『No Name Horses II』に入っている中川英二郎の「Into The Sky」。さらに、エリック・ミヤシロが書いた「La Verdad Con Los Caballos」という、『Jungle』に入っているラテンの曲が演奏されて、ドラム・ソロがあって、リズム・チェンジで終わります。
僕にも「循環コード(リズム・チェンジ)は誰かが演奏してくれるだろう。あえて僕がやらなくてもいい、僕は自分の音楽を作るんだ」と思っていた時期がありましたが、今は“循環コードの曲って実はジャズのエッセンシャルでとても大切なんだと感じています。
「Day 1」には、No Name Horsesの歴史が入っていると思います。せっかくの20周年なので、何か今までの僕らのレパートリーを挿入できないかなと考えて構成しましたが、まったく世界観の違うものをつなげて、一つの楽曲にするのはちょっと苦労しましたね。
ジャケット・デザインもまた、“歳月が生み出した一つの輪”をしっかり感じさせるものとなった。
ジャケットには「広大なところで、これから新たな道を作る」という意味も込めたのですが、実はここで使われている写真は、20年前の第一作目『No Name Horses』のパッケージ内に使われていたものと同じなんです。
■3人の新メンバーと、ビッグ・バンドにおいて大切なこと
結成20年目を機に、バンド名を「小曽根真 featuring No Name Horses」から「小曽根真 No Name Horses」に改称。そして、松井秀太郎(tp)、陸悠(ts)、トリオ“TRiNFiNiTY”の一員でもある小川晋平(b)という要注目の気鋭を新たに迎えた。
僕が声をかけたら、3人とも「是非やりたい」と言ってくれました。No Name Horsesのメンバーは皆、自分のことより音楽が好きなんだと思います。自分のことを好きな人が悪いというわけではないですが、そうなると、やっぱり自分がどういうソロをするか、そちらにフォーカスが合ってしまう。ビッグ・バンドは音楽的に全体を聞けてないとバンドが響かない。ひとりのソリストが完璧なソロをして他のメンバーがそれを伴奏するようなスタイルはあまり僕の好みではありません。
ソロで2枚のアルバムを出している秀太郎がうちのビッグ・バンドで、エリック・ミヤシロ、岡崎好朗、奥村晶のセクションに入って3番トランペットを吹く。これがいかに自分の勉強になるかということを彼は知っているんです。それに関しては陸くんも同じで、「No Name Horsesに入ってみてどう?」と聞いたら、「知らないヴォイシングやいろんな音の響きが出てきて、見たことのない世界がいっぱいでびっくりしました」と楽しんでくれている。小川晋平も「ビッグ・バンドはもっと譜面通りだと思っていたら、僕(小曽根)に“もっと弾け、もっと自由にやれ”と言われた」と驚いていました。
この3人には「新しく入ったから」とか「後輩だから」など、音楽的に余分な考えがない。ちゃんと周りの音を聴いて、自分の音をどう、その中にブレンドさせていくかということをしっかり考えて実践できる一流のミュージシャンたちです。以前からのメンバーも彼らに刺激されていますし、つまり、No Name Horsesには誰ひとり「俺が、俺が」という人はいません。
■僕らの今後がこのアルバムの楽曲から始まっていく
今回のインタビュー中、極めて強く印象に残ったのは、楽曲のメロディを口ずさむ場面が多かったこと。この歯切れよいスキャットがNo Name Horsesのメリハリに富むサウンドの源なのか、と印象を新たにした。
音楽には、「歌が根底になければ」と僕は思っています。楽曲が完成したときも、まずメロディを歌ってみますね。2021年にアルバム『OZONE 60』を出した時は、内容をクラシック・サイドとジャズ・サイドに分けて、オリジナル曲を中心にしたジャズ・サイドの方のタイトルを「SONGS」にしました。「TUNES」ではなくて「SONGS」、やっぱり僕の根底にあるのは“歌”なんです。
『Day 1』は2日間のリハーサルと3日間のブルーノート東京での公演を経て録音された。超満員の観客からの熱狂的なリアクションが体に残る中で収録されたに違いない当アルバムには、No Name Horsesのさらなるステップが刻み込まれている。
「本当にいろんな要素が詰まったアルバムになりました。全8曲ともバリエーションに富んでいますし、僕らの今後がこのアルバムの楽曲の世界観から始まっていくと思っています」