「ミュージシャンであること、バンドリーダーであること、そして作曲家であることは、ベン図(複数の集合の関係を図式化したもの)のようなものです」と、それら全てを兼ね備えたヌバイア・ガルシアは言う。「それぞれが要求するものは少しずつ違いますが、どれも多大な献身を求められます。ホルンを自在に操り、音楽を前進させるために必要なハーモニー表現を全て聴き、反応出来るようになるには、何時間もの練習が必要です」
ロンドン中心部にあるKEFミュージック・ギャラリーでは、テナー・サックス奏者のガルシア(33)が2ndアルバム『オデッセイ』の写真展を開催している。DALI社製の高級スピーカーからは全14曲からなる最新アルバムが鳴り響いている。ガルシアの親しい女友達が大勢集まり、彼女の挑戦と創造性の解放、自己信頼の重要性、時間をかけること、協力者を選ぶことの大切さについて語るのを、声援と共に見守っている。
ベーシストのダニエル・カシミール、トランペッターのシーラ・モーリス・グレイ(Kokorokoのメンバー)、キーボーディストのジョー・アーモン・ジョーンズら、ジャズ界をリードするスターたちが彼女のバックを固める。チネケ!オーケストラ(ヨーロッパで唯一、多数の黒人メンバーを擁するオーケストラ)がストリングスで参加する『オデッセイ』は美しく、危険で、グルーヴィーで、スピリチュアリティが試練と未知の道を旅するヒロインの物語である。ガルシアの、徐々に盛り上がって行く即興演奏とキャッチーなフック、そしてクラブ・フロアの空間を揺るがすエネルギーをバランスさせる才能が遺憾なく発揮しているのが、特にリード・シングル 「ザ・シーア」(サム・ジョーンズによる疾走感溢れるドラムが印象的)を聴けば明らかで、オーケストラ・アレンジとR&B、ヘビー・ダブとジャズを融合した楽曲がプリズムの様に輝きを放っている。
これは、2020年のソロ・デビュー作『ソース』で彼女自身が設定した高いハードル遥かに超える作品だ。マーキュリー・ミュージック・プライズにもノミネートされたこの作品の成功にガルシアは驚き、次の一手を慎重に考えるようになった。
「『一度やったのに、次は何を?』という感じでした」と彼女は肩をすくめる。「『ソース』はとても誇りに思っているけれど、もっと高尚で、もっと違う、より良いものを作るには時間が必要でした。誠実に仕事に取り組みたいなら、一度、立ち止まる必要があります」
ガルシアは、ツアー、ソーシャル・メディア、そしてロンドンの大喧騒文化から離れ、ブラジルで数ヶ月を過ごした。彼女はイギリス系トリニダード人の父とガイアナ人の母の間に生まれた。4人兄弟の末っ子として、カムデン・タウンで育った。彼女の家庭は音楽一家で、レゲエ、ロック、ラテン音楽のアーティストから、チャーリー・パーカーやハービー・ハンコックまでジャズ界の巨匠たちのレコードが繰り返しかけられた。子供たちは地元のカムデン・サタデー・ミュージック・センターで楽器を習った。幼いガルシアはバイオリン、ピアノ、クラリネットを習った後、10歳でサックスを手にした。
「ロンドンが大好きだし、ロンドンが私を後押ししてくれたことも分かっている。でも、ロンドンを離れたことで、この世界を築くために必要な視点を得ることができました」とガルシアは『オデッセイ』について語る。このアルバムには、ゲスト・ヴォーカリストとしてジョージア・アン・マルドロウ、リッチー・セイヴライト、エスペランサ・スポルディングが参加しており、ガルシアはストリングスの作曲、編曲、指揮も手掛けている。
何か新しいことや、変わったことに挑戦しようと考えているクリエイティブな人にどんなアドヴァイスをするかと聞かれると、彼女は笑顔を浮かべ答えた。「歩いていないで、走りなさいと言いたい。挑戦した先で自分がどんな人間になれるか分からないのですから。やってみるまで、自分にどれだけのことができるのか分からないでしょう?」
境界を打ち破り、目標を達成し、それを超えたという感覚は、ニュー・アルバム全体を通して感じられる。「あなたの旅はあなただけのもので、多くの紆余曲折に満ち溢れている」とガルシアは「トライアンファンス」で詠唱している。この曲の歌詞は、マルドロウ、セイヴライト、スポルディングがガルシアの作ったメロディーと楽曲に載せて、手放すこと、高く跳躍すること、自身の目的を持つことといった歌われた物語からインスピレーションを得ている。
ガルシアのキャリア初期に培われた何でもできるという精神は、即興演奏の方法を教えてくれたピアニストのニッキー・ヨー(「居心地の悪さに慣れなければならなかった」)やサックス奏者のヴィッキー・ライト(「私が知っている唯一の女性サックス奏者」)といった受賞歴のあるメンターや教師たちの教えの賜物である。 そして新しい才能、特に西アフリカ移民や少女のミュージシャンの育成に尽力し高い評価を受けているジャズ音楽及びアーティスト育成組織であるNPO「トゥモローズ・ウォーリアーズ」の功績である。
トゥモローズ・ウォーリアーズの卒業生の多くがそうであるように、ガルシアも(彼女の場合はトリニティ・ラバン大学で)正式に音楽を学び、ロンドンで注目の若手ジャズ界を代表するバンドやプレイヤーたちとタッグを組むようになった。例えば、スピリチュアル・ジャズ・グループのマイシャ(Maisha)、モーリス・グレイを擁する女性だけのネリヤ(Nérija)。ガルシアは、ジョー・アーモン・ジョーンズのグループや、チューバ奏者のテオン・クロスのトリオ、ドラマーのモーゼス・ボイドとも活動したことがある。
「チームワークは私にとって非常に重要です」と、元体操選手でネットボール選手(イギリス発祥の女性向けバスケットボール)だったガルシアは語る。そのために、彼女はカムデン・ミュージックとトゥモローズ・ウォーリアーズの学生たちを、「オデッセイ」写真展が開催されているKEFミュージック・ギャラリーに招待した。一人でも若い音楽家が、作品に触れて人生を変えてくれれば、それで十分だと彼女は言う。
「美しい音響設備や舞台裏の写真が飾られたこの空間に足を踏み入れ、可能性に胸を躍らせてほしい。将来、展覧会やアルバムを作りたくなるかもしれない。パフォーマンスやツアーをしようかと考えるかもしれません」と、2024年のメルボルン国際ジャズ・フェスティヴァルを含む、日本とオーストラリアでの公演が決まっているガルシアは続ける。
「私の人生には、自分を表現することの重要性を認めてくれた素晴らしい先生や女性がたくさんいました。見えないものはできないのです」
それは大変な旅路だ。これまで彼女が学んだことは?「それはかかる時間とは関係がない、ということです」と彼女は言う。「私たちは皆、自分のペースで進むべきです」と微笑む。「そして、自分を信じることが私たちの最も偉大な力の一つなのです」
ジェーン・コーンウェルはオーストラリア出身でロンドンを拠点に活動するライター。アート、旅行、音楽に関する記事を執筆し、『Songlines』や『Jazzwise』など英国とオーストラリアの出版物やプラットフォームに寄稿している。ロンドン・イブニング・スタンダード紙の元ジャズ評論家。
ヘッダー画像: ヌバイア・ガルシア。Photo: Danika Lawrence.