早熟にして不正出のトランペッターであったロイ・ハーグローヴのドキュメンタリー映画が作られた。1969年10月16日テキサス州生まれの彼は、2018年11月2日に心不全によりニューヨークで逝去。腎臓に問題を抱え人工透析を受けていたとはいえ、享年49は早いと言わざるをえない。

 そんな彼にまつわる光と影を映し取った2022年米国映画が、『ロイ・ハーグローヴ 人生最期の音楽の旅』(原題:HARGROVE)だ。それを監督したのは、ロイとは長い交流を持っていたエリアン・アンリ。彼女は、なぜこのドキュメンタリー映画作りに着手したのか。また、その映像の奥にはどんなやりとりや思いがあったのか。10月に来日した彼女に、11月17日からTOHOシネマズシャンテほかでロードショー公開される本映画についていろいろ話を聞いてみた。なお、彼女はすでに別なミュージシャンを扱う音楽ドキュメンタリーの撮影に着手しているという。


――あなたが一番好きなのは、やはりジャズなのでしょうか。

「いろんな音楽が好き。もちろん、ジャズはいいと思うわ」

――世代的にはR&Bもヒップホップも聴いていますよね。

「当然ね。でも、なんでも聴くというのは、ロイも同じだったわ」

――2003年にハービー・ハンコックたちと一緒にツアーしたときに、ぼくは彼にインタビューしたんです。そのとき髪型はドレッド・ロックスで、ボブ・マーリーに似ていると言ったら、彼はすごく喜びました。で、実は結構打ち込みに没入したり、ラップをしようとしたこともあったけど下手で諦めたかと、その際に言っていました。

「(笑)そうよね。この映画は1時間47分にやっと縮めたけど、捨てたカットの中にはロイがフリースタイルでラップをしているものもあるわよ」

courtesy of Poplife Production

――2018年7月の欧州ツアーの模様が映画の柱となっていますが、その冒頭には<その際は彼にとって最後のツアーになるとは思わなかった>というような文言が入れられています。いつ頃から、彼のドキュメンタリー映画を作ろうと思ったのでしょう。

「2016年の夏にドキュメンタリー映画を作りたいと、ロイに伝えました。そこから1年半、どういう内容にしようかと相談をしました。そして、2018年の1月に最初の撮影をして、その後ツアーの撮影に入った」

 

なにかとミュージシャンやアーティストが近い環境にあった

――10代後半にジャズ好きの叔母に彼のライヴに連れていかれ、それがきっかけでロイとは知り合いになったそうですね。以降、あなたはどんな仕事をしてきたのでしょう。

「大学生の後、音楽業界で数年間働いたの。クインシー・ジョーンズのクエスト・レコードよ。その後はイヴェントPRの関係の仕事をし、そのときに初めてロイとは友人ということだけでなく、彼にイヴェントで演奏してもらったりもしたわね。そして、そのPR会社をやめた後は、ドキュメンタリーの業界に入り、ドキュメンタリー映像のプロデュースをしたこともあった。やっぱりハリウッドで生まれ育っていて、親の知人や友達の親がそういう関係の仕事をしていたりし、なにかとミュージシャンやアーティストが近い環境にあったわ」

――今回が初監督作品となりますが、これ以前に映画作りの実務に携わったということはないんですよね。でも、ある意味、それは強みになるとは思わなかったですか。たとえば、ヒップホッパーが音楽の理論を知らなかったり楽器を弾けなくても、本能に従い飛躍したものを作れてしまうように。

「そうよね。確かに勘に頼るってところがすごく多かった。自分のなかにある閃きをいかに出すか、そういう作業でもあった。文字通りインディペンデントな映画制作で、自分の内にあるストーリーを語るための映画だったかもしれない」

――ぼくがロイのライヴを最後に見たが、2018年の3月のブルーノート東京公演でした。あなたは、その後のツアーを撮影しているんですね。

「2018年4月のパリ公演は撮っている。その前のブルーノート東京公演も行きたかったけど、お金がなく行けなかった」

――とにかくロイの姿を抑えなきゃいけない……義務感と言うとなんですが、そういう気持ちに駆られて予算が潤沢じゃないなか撮影に入ったという感じでしょうか。

「友人の旦那さんがロイのファンだったから、その人にこう作りたいという構想を伝えた。そしたら5000ドルを出してくれたの。それでまずLAでシューティングをはじめ、その次の東京は行けなかったけど、パリに行けるだけのお金はできたし、その後はニューヨークに行くみたいな、そういう感じで撮影は進んでいった。最終的には運命的な、これは神様から映画を作りなさいって言ってもらえたんだなという気がしている」

――クレジットを見たらエヴィセクティヴ・プロデューサーが2人いて、うち1人がエリカ・バドゥでした。映画のエグゼクティヴ・プロデューサーというのはお金を出した人というイメージがぼくのなかにはあるのですが。

「もう1人のゼクティヴ・プロデューサーにはお金を出してもらっている。だけど、エリカには名前を貸してもらったの。やはり私はまだ無名の監督なので、彼女の名前があることで資金集めをする際にもすごく助けになるので」

courtesy of Poplife Production

■エリカ・バドゥとロイは2歳ちがいで、同じ高校という絆もあった

――エリカ・バドゥの名前入っていることで、ロイがストレート・アヘッドなジャズをするだけでなく、ソウルクエリアンズ(ザ・ルーツのクエストラヴたちが2000年前後に組んでいたプロデューサー・チーム)にロイも深く関与していたことも思い出させます。劇中でも少し流されるソウルクエリアンズの制作代表作であるディアンジェロの『VOODOO』やエリカの『ママズ・ガン』でのロイによるレイヤー感のあるホーン音は現代R&Bにおいて白眉と言えるものと思います。

「そうよね。エリカ・バドゥとロイは2歳ちがいで、同じ高校という絆もあったのよ。ロイのツアーに同行した初日に、ロイが彼女に電話してくれた。彼は留守電にエリアンという女性が今ドキュメンタリーを使っているから、もし何かあったら助けてあげてくれと残してくれたの。その後、ロイが亡くなった後にエリカ・バドゥや高校の友人たちがロイ追悼のコンサートをやった際に私も行き、それが2018年12月だった。そのときに彼女へのインタビューを撮影し、同時にエグクティヴ・プロデューサーになってもらえないかと頼んだ」

――ロイが高校生のころ、ウィントン・マルサリスと一緒に演奏するものとかいろいろ貴重な映像が出てきますが、そういうのはすぐ手に入ったんですか?

「それは、ロイが通ったブッカー・T・ワシントン・ハイスクール・フォー・ザ・パフォーミング・アンド・ヴィジュアル・アーツ校から借りた。天才だったので、若い頃から映像は残されていたわね」

――エリカやラッパーのヤシーン・ベイa.k.a.モス・デフもそうなんですが、ソニー・ロリンズ、ハービー・ハンコックやウィントン、クリスチャン・マクブライドやロバート・グラスパーらジャズ界の大物が証言者として出てきて、本当に彼はジャズ史に名を残す実力者でみんなから愛されたのだなと実感させられました。

「ロイは本当にみんながフェイヴァリット・ミュージシャンと名を挙げる人。やはり彼が与えたインパクトの大きさというのはすごいと、私も痛感させられたわ」

後半に続く

  


【映画情報】
『ロイ・ハーグローヴ 人生最期の音楽の旅』
原題:HARGROVE
監督:監督:エリアン・アンリ
エグゼクティヴ・プロデューサー:エリカ・バドゥ
出演:ロイ・ハーグローヴ、エリカ・バドゥ、ハービー・ハンコック、クエストラヴ、ソニー・ロリンズ、ウィントン・マルサリス、ヤシーン・ベイ、ロバート・グラスパー etc.
第21回(2022年) トライベッカ映画祭 正式出品
配給:EASTWORLD ENTERTAINMENT / culture-ville
日本語字幕:落合寿和  2022年 / アメリカ / 107分
©Poplife Productions


【アルバム情報】
ロイ・ハーグローヴ『ソングス・オン・HARGROVE』
2023年11月8日(水)発売
CD:UCCU-1681 ¥2,200(税込)

01.  アイム・グラッド・ゼア・イズ・ユー
02.  オ・マイ・セェ・イェ
03.  トランジション
04.  ウナ・マス
05.  ハードグルーヴ
06.  ポエトリー feat. Qティップ&エリカ・バドゥ
07.  マイ・シップ
08.  マイ・ファニー・ヴァレンタイン
09.  レクイエム
10.  ストラスブール/サン・ドニ


Header image: Roy Hargrove. Courtesy of pOplife Productions.