――あなたにとって、ロイはジャズ・ミュージシャンとしては一番お気に入りの存在なのでしょうか。愚問かもしれませんが。
「そうよ。私は17歳の頃からもう何千回とロイのライヴを見ているけど、どれ一つとして手抜きをしたものはない。彼は21枚のアルバムを出しているけどどれもご機嫌だし、今後もまだ発表されていない音源が出されると思う」
――彼のアルバムを一枚選べと言われたら、何を選びますか。
「わあ、難しい。……『イヤーフード』(2008年)ね。ザ・RHファクターの『ハード・グルーヴ』(2003年)も違うスタイルのものとして好き。また90年代の作品も好きだし、ビッグ・バンド・アルバムの『エマージェンシー』(2009年)も大好きね」
――『イヤーフード』というのは、ぼくも同じです。『エマージェンシー』以降、ロイはリーダー作を出していませんが、彼はアルバムを作るよりはツアーをしたいという気持ちが強かったと感じたりはします?
「どちらも好きだったと思う。だけど、やはりライヴの場でお客さんとやり取りできるというのは大好きだったじゃないかしら」
■ステージでは次に何が起こるか分からず、目が離せなかった
――ロイってものすごく卓越したプレーヤーあるとともに、お客さんのことを考えた秀でたエンターテイナーでもあると思うんですよ。だから、ステージでステップを踏んだりし、それから格好でも引きつけました。ちゃんとジャケットで決めても靴はスニーカーを履くというのもキャッチーだし、そういう彼の側面も映画はよく伝えていると思います。
「あのスタイルはとても重要だった。だから音楽と一緒でスタイルも彼の創造性を出す重要な表現手段だった。とにかく、正真正銘のエンターテイナーで、そういう部分でも他のジャズ・ミュージシャンの一歩上を行っていた。ステージで次に何が起こるか分からず、目が離せなかったわ。それはバンドのメンバーもそう。だって、思いつきで曲をやったりもして、気が抜けなかったみたい」
――それでぼくは今回映画を見て大きく了解したのは、彼はミュージック・ラヴァー、本当に音楽のムシだったということです。人口透析を受けなきゃいけないという健康上の問題があったにも関わらず、彼は本当に聞き手の前で音楽をすることをなによりも優先させました。たとえば、ブルーノート東京でも普通の人だったら1ショウが1時間15分のところ彼は1時間半以上、2時間やってしまうこともありました。そして、その後には別の所でセッションも楽しむ。映画でもそういう姿も収められていますし、イタリアでフェスがキャンセルになったとき、ボロい所でもいいから、絶対俺はライヴをやるゾみたいな箇所は最高です。
「本当にそうよね。彼は自分のショウが終わると別の演奏の場に行って、またセッションしたがった。LAだと移動に車が必要となり、そこで私が運転してあげて、それでロイとは仲良くなったの」
――ところで、映画では彼が人口透析を受けるシーンは出てきません。それは意識的なものですか。
「ロイが撮影させてくれなかった。他はかなり突っ込んだところまで許してくれたけど、自分が透析を受けているシーンだけはダメだと言われたわね。4日おきぐらいに透析したのかな? それなのにツアーをずっと続けていたのは驚くべきことね。ある意味、ちょっと超人的な強さがあったかなと。彼が透析を受けていたことを知る人は本当に少なかった。調子が悪そうでも、ドラッグのせいだろうぐらいに思われていたわね。だからこそ、私はロイのことを語らなければいけないという気持ちにもなった」
■トランペットを吹く以外の部分、たとえば税金を払うとか、そういう社会的なことが一歳苦手だった
――病気のことを微塵も感じさせず、音楽の魅力、音楽をする歓びを全面に出した人でした。
「ロイ自身が音楽さえあれば、という人だった。だから、逆に同情されたくないとか、哀れみなんか欲しくないっていう気持ちも強かったと思う。ただ、ドキュメンタリーを作る以上、その事実を語らないわけにはいかなかった。私が病気のことを聞いてでも、ロイは腎臓の話になるともうその話はやめようとなっていた。同じ病を手術で治した人と一緒に行って、彼に腎臓移植を勧めたこともあった。だけど、やっぱり人間は手術とかを避けられるものなら避けたい。痛いことは嫌だっていうのがあったりもする。でも、だからこそマネージャーのラリーがあれだけ他のことについては自分の意見を主張してロイにいろんなことをやらせていたわけだから、なぜ移植を受けろと言ってくれなかったのかとは思う。とはいえ、ロイはなんだかんだ言っても自分の生き方で思うまま生きたのかとも思う。彼はトランペットを吹く以外の部分、たとえば税金を払うとか、そういう社会的なことが一歳苦手で、全部それをラリーがやっており、だからこそロイはトランペットだけに集中できた。でも、その代償は大きかったというのは、私の個人的な意見です」
――ときに、この映画で一番苦労したところはどんな部分でしょう?
「(映画にも描かれているように、マネージャーの)ラリーとの軋轢があったこと。あとは、ラリーの意向で正規のロイの音源が使えなくなり、全部音楽を差し替える再編集をしなければならなかったこと。それから、なんと言っても途中でロイが亡くなってしまったこと。当然、その後の映画作りはとても辛い作業になってしまった」
――一方、自分としてはすごくうまくいったという部分はどんなところでしょう。
「映画の最初のところと最後にも使われている、ロイが窓際でトランペットを吹いているシーンね。あれはイタリアのペルージャでのこと。その日の深夜にコンサートに出ることになっていて、それまでの間、本当は撮影する予定だったんだけど、ロイから疲れたから休むと言われてしまったの。時間が空いてしまったなと思っていたら、突然部屋がノックされ、ロイがトランペット持ってきて自分から吹き始めた。だからみんなもう大騒ぎ、慌てて照明をあてたりして、その際に撮れた45分強のインタビューがまたすごく良い。彼が映画の最後に去っていくシーンもそのときのものね。彼が去った後、5人いたクルーが今何が起こったんだと顔見合わせたほど、マジカルでパワフルな瞬間だった。カメラマンは涙を拭っていたわね」
――やはりあなたは、ロイからとても信頼を受けてたんだと思います。
「一番最後に、ロイの電話のメッセージが入るでしょ。あれは、翌日にはツアーが終わり、私はLAに帰り、彼がニューヨークに戻る際に残してくれたものなの。その前のマルセイユでのインタビューでラリーをめぐって少し口論になったことを受けて、私を気遣った伝言だった」
――この様々な状況と思いが詰まった映画は、いろんな映画祭に出されているんですよね。
「ええ。11の映画祭に出して、それ以外に5つほどジャズ・フェスティヴァルにも出品した。あと5つの大学でも上映された。今は日本に続いて、北米での配給をめざしているわ」
【映画情報】
『ロイ・ハーグローヴ 人生最期の音楽の旅』
原題:HARGROVE
監督:監督:エリアン・アンリ
エグゼクティヴ・プロデューサー:エリカ・バドゥ
出演:ロイ・ハーグローヴ、エリカ・バドゥ、ハービー・ハンコック、クエストラヴ、ソニー・ロリンズ、ウィントン・マルサリス、ヤシーン・ベイ、ロバート・グラスパー etc.
第21回(2022年) トライベッカ映画祭 正式出品
配給:EASTWORLD ENTERTAINMENT / culture-ville
日本語字幕:落合寿和 2022年/アメリカ/107分
©Poplife Productions
【アルバム情報】
ロイ・ハーグローヴ『ソングス・オン・HARGROVE』
2023年11月8日(水)発売
CD:UCCU-1681 ¥2,200(税込)
01. アイム・グラッド・ゼア・イズ・ユー
02. オ・マイ・セェ・イェ
03. トランジション
04. ウナ・マス
05. ハードグルーヴ
06. ポエトリー feat. Qティップ&エリカ・バドゥ
07. マイ・シップ
08. マイ・ファニー・ヴァレンタイン
09. レクイエム
10. ストラスブール/サン・ドニ
Header image: Roy Hargrove. Courtesy of pOplife Productions.