2023年公開のアニメーション映画『BLUE GIANT』(音楽:上原ひろみ)で主人公・宮本大の演奏を担当し大きな注目を集めたサックス奏者の馬場智章。9月4日にリリースされた、彼にとってメジャー・デビューとなるアルバム『ELECTRIC RIDER』は、これまでのコンテンポラリー・ジャズ路線から大胆にシフトし、キーボード奏者のBIGYUKIをプロデュースに迎えたエレクトリック・プロジェクトによる作品だ。
コロナ禍でライヴ活動がままならなくなった時期に、Abletonで制作した打ち込みトラックを自身のSNSで発表し、それがBIGYUKIの耳にとまったことが新作の発端のひとつとなったという。それから、2テナー・サックスによるコンテンポラリー・ジャズ作『Gathering』や『BLUE GIANT』のサウンドトラックへの参加を経て、満を持して『ELECTRIC RIDER』は発表された。
“ジャズクラブではなく、スタンディングの会場で演奏すること想定して制作した”、“インストゥルメンタルでいかにオーディエンスを躍らせるかという点にフォーカスした”と、馬場智章はインタビューで語っているが、確かに、サウンドの質感はもとより曲の構築の仕方など、いわゆる“ジャズ”作品とは大きく異なる肌感覚をこの作品は持っている。
ドラマーの石若駿をして「こんなサウンド、世界中探してもない」と言わしめた、ある意味、2024年ジャズ・シーンの問題作の1枚とも言える『ELECTRIC RIDER』。果たして馬場智章はどのような音楽にインスピレーションを受けてアルバムの制作に臨んだのか。本人に4曲を厳選してコメントしてもらった。
・BIGYUKI – Joy
シンセの音の抜け感であったり、細かいエレクトリックのサウンドが秀逸で、アコースティックなピアノとのコントラストも参考にしました。
・Herbie Hancock – Chameleon
シンプルなメロディであるがゆえに、ジャムっぽくなりすぎないよう、曲の構成やキーボードのパートの重ね方など細かい部分のレイヤーの仕方はとても参考になりました。
・D’Angelo – Spanish Joint
シンプルな楽器構成のなかで一つ一つのフレーズやパーツの強さと、リズムの推進力が凄まじく、足し算になりがちなエレクトリック・プロジェクトですが、ハッとさせられました。
・ermhoi – Dream Land Song
今回のアルバムをつくるにあたり、1曲は歌を入れたいと思ってermhoiにオファーしました。ermhoi は歌の重ね方や、トラックメイクも最高で、どうしたら甘くなりすぎず、でも聴きやすい曲ができるかと参考にしました。
いずれも、『ELECTRIC RIDER』の収録曲と続けて聴くと、その関連性に納得いただけるだろう。尚、Spotifyでは、この4曲を含む馬場智章選曲のプレイリスト『Inspiration for ELECTRIC RIDER』が公開されている。
“ジャズ”の従来の枠組みからは逸脱しているが、即興演奏家たちの有機的な化学反応が生み出すグルーヴは紛れもなく“ジャズ”。そんな意味でも、『ELECTRIC RIDER』は問題作であると同時に、シーンにとって記念碑的な作品と言えるのではないだろうか。